暇潰しの夜

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#「明星ロケット」
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 星空ばきゅーん!
 とか言いながら夜空に人差し指を向け、撃ち落とせたりなんかしちゃったら楽しいだろ
うか。
 たんたんたんとステップを踏み、セーラー服を翻しながら。
 ああごめんねお星さま。あなたに恨みはないけれど、ここで逢ったが100年目という
やつさ。
 じっくりと狙いを定め、覚悟を決めたら陽気にばきゅーん。
 ばきゅーん、ばきゅーん。
 ばったばったと落ちてくる涙マークのお星さま。降り注ぐ光の中で私はフッと銃口に息
を吹く。
 キラキラの 光まみれの 夜の道。
 地上へようこそお星さま。きっと仲良くなれるよ私たち。だって、私の名前も「ヒカ
リ」っていうんですから。
 そんな妄想にふける午前2時。
 ひとりジャングルジムのてっぺんで、天の河を見上げている私・灰崎ヒカリなのであり
ました。
「ちょま、やめんかい黒川! ロケット花火を顔に向けて撃つなッ! なんやそれは新手
のイジメか!? 泣くぞ!? 本気でやばいくらいに泣いたるぞ!?」
「おう、泣け泣け。ほーれほーれ」
「熱ッ!? どわはぁッ! く、九条くんヘルプや! あいつマジ鬼畜やでほんま!」
「あはははははっ、あはははははははははははは!」
「ツボってる!? なにこの黒いツボ! ってか九条くん、さっきからこっちに向けてる
それは一体……」
「へ? ただの打ち上げ花火だけど」
「いやいやいやいやいやいやいや!」
 騒がしい声に引っ張られるように、私は遠くに目を向けた。
 公園の真ん中では、3人の少年たちが花火を手に駆け回って声を上げているのでありま
した。
 楽しそうな3人組。
 彼らはいつもあんな感じだ。とっても騒がしくて、とっても楽しそうで、なんだかんだ
言って3人一緒に笑ってる。
「くそ、2人とも俺の敵か! 敵なんやな!? よっしゃやったるで、暴走王の名に賭け
て!!」
「うお!? あ、朝野! さすがにそれはお前でも本当に冗談抜きで死ぬぞ!?」
 あらあら。
 彼らのうちの1人、いつも暴走気味な朝野くんが体中に花火を巻き付け始めました。
 それを見てヤマトくんが制止しようとするけれど、朝野くんはもう聞く耳持たずといっ
た感じで。
「うっさいわ! 言うとくけど俺の心に火を付けたんはお前やからな黒川! えぇか、男
の散り様とくと見届けい! ぬぉおおおおおおおおおあああああああああああ!!!」
 ジッポライターで一斉点火。
 顔を引きつらせたヤマトくんに向かって、朝野くん(マジで爆砕5秒前)が全速力で駆
けていきます。
「く、来るな! こっち来んじゃねぇ!」
「はははははははは、わははははははははははははああああああああッッ!!!」
 朝野くんの哄笑はド派手な爆音に掻き消されてしまいました。
「おおっ」
 思わず声を漏らすくらいにお見事です。
 様々な色が混じり合った虹色の花火はなんていうかもう、あの天の河でさえ霞んでしま
うほどに綺麗でした。
「げほっ、がフ……くそ、朝野……お前マジ正気じゃねぇ」
「ぐえほ、げぼふ……くくく、はっはっは……見たか黒川。暴走王の本気の本気を」
 煙の中から肩を組んで歩み出てくる黒こげ2人を見付け、私は3人組の残り1人の
彼と目を見合わせて微笑みました。
 とってもたのしい3人組。
 いいな、私も混ぜてもらおうかな、と思って停止する。
「────」
 できないんだ。
 だって私は、灰崎ヒカリは彼にしか見えないから。一緒に遊ぶことはおろか、なん
でもない会話さえできないんだ。
「別にいいですけどね……」
 淋しくなんてない。
 悲しくなんてない。
 花火なんて──ちっとも羨ましく、ない。
「どうかした? 灰崎」
 はっと顔を上げる。
 気が付くと。
 いつの間にか彼が、私の座るジャングルジムをよじ登ってくるところだった。
「せ、先輩? 何してるんですか、いま私と話したらあの2人に」
「ああ、大丈夫だよ。ほら」
 私の隣に腰掛け、彼が指差した先は。
「──あ」
 さっきの黒こげ2人が大の字になり、地面に倒れてのびている光景でした。
 彼は私の隣りに腰掛けて笑う。
「さすがにあの2人でもちょっと効いたみたいだね。うん、でも綺麗だったな、あの爆殺
花火」
 爆殺花火と来ましたか。
「むぅ……ひどいネーミングセンスです。台無しですよ」
「そう? まぁいいじゃん、それよりこれ。はい」
「へ?」
 彼がひょいと差し出したもの。
 それを見て、私の心が小さく震えるのを感じました。
「ほんとはキミもやりたかったんでしょ? うん、灰崎って死人のくせにそういうとこ変
わってるよね」
 ……それは小さなロケット花火。
 彼のとっても暖かい笑顔に、私の温度のないはずの胸がかああっと熱くなりました。
「あ、ところでユーレイって花火とかさわれるんだっけ?」
「そ、そのくらいできます! 世紀の素敵ユーレイを甘く見ないでほしいですね!」
 なんて乱暴に受け取りながらも、実はごしごし目元をこすっていた私。
 結局、ばきゅーんなんて音は鳴らなかったけれど。
 1発きりの私の弾丸。
 夜空を駆け上がるロケット花火は、ちゃんとお星さまに当たっただろうか。




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