暇潰しの夜 05/13

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 2人ぼっちの帰り道、光る夜空の星の下。
「天の河ですね〜」
「そうですね」
 僕たちは無人の夜道を歩いていた。
「綺麗ですね〜」
「そうですね」
 背後に灰崎。彼女はぽつりぽつりと意味のないことを言ってくる。
「見て下さいあの南南東の空に散ってる星。まるで、爆砕されたテロリストの残骸を見て
いるようです。あ、ちなみにあの赤い星が眼球だと思います」
「……そうですね」
 こんの陰険悪辣ユーレイめ、ロマンのかけらもないじゃないか。
「……先輩」
 灰崎が静かに呼んできた。
「何?」
 振り返ると、捨てられた子犬のような瞳が僕を見上げていた。
 彼女はたたたと僕の真ん前まで寄ってきて、顔を近付け、耳元で恋人のように、
「今日のオススメは服毒自殺です」
 祟ってきた。
 僕はがっしゃと武器を取り出す。名前決めた。ろまんすぶれいかー。
「あちょー」
「あづっ!?」
 べち、と灰崎の二の腕に鞭打つ。
「ちょ、何するんですか! っていうかいつの間に私の鎖盗んでたんですかっ!?」
「ふふ。いつかこんな感じで必要になるだろうなと予想して」
「ぐぬぬぬぬ……とうとう物理攻撃を得ましたか、厄介な」
 いつも通りのやりとりに、僕は自然に笑っていた。
「しかし不思議だよねこの鎖」
「何がです?」
 手元の鎖を見下ろす。灰色の、何の変哲もない鎖。
「だって、いつも灰崎の鎖ってどこからともなく──っていうより何もない空間から出て
くるじゃない。一体どうやってるの?」
「先輩、いいこと教えてあげましょうか」
「うん?」
 ユーレイがにんまりと目を細める。
「それ、私の呪いなんです」
「へ」
 呪い? この鎖が?
 灰崎ヒカリはぴんと人差し指を立てて解説する。
「はい、それは私の呪いから作ったものなのです。
 私に作れるのは鎖だけなんですけどね。そもそもユーレイっていうのは、体自体が呪い
で出来てるようなものですから。厳密には少々違いますが……ま、ともかく呪いは魔法な
のですよ」
 うげ。よく分かんないけど、そう聞くとなんかいやだなぁ。
 灰崎の手の中で、ぽんと鎖が具現化する。
「もしかすると、何か因縁があるのかも知れませんね……鎖に」
 そう言った横顔はどこか意味深。
 ろまんすぶれいかーは早い内に返品した方がよさそうだ。
「ちなみに、メリィちゃんもひとつだけ呪いを隠し持ってたりしますよ」
「…………まじ?」
 あのメリィちゃんが? うっそだぁ。
「本当ですってば。
 なんでも昔は極度の人見知りっ子だったらしくて、それが原因みたいですね。メリィち
ゃんらしい、とっても可愛い呪いですよ」
「ふ〜ん」
 可愛い呪いねぇ。ウサギのぬいぐるみでも召喚するのだろうか。こう、大量に。
「ま、なんでもいいけどね。つまり灰崎はやっぱり闇属性だったってことかな」
「下の名前ヒカリですよ? 分かって言ってます?」
「だってー、鎖だよ鎖。闇呪縛のうんとかかんとかーって感じじゃない」
「そういう先輩はぜったい土属性ですね。分かります」
「ああ、なんか普通だよね」
「いえ。日々踏みつけられてる辺りが」
「あはは」
「うふふ」
 黒い笑みで睨み合う。
 けれどそれも長くは保たず、息ぴったりのシンクロ溜息なんか零してしまった。
「……メリィちゃん、たぶん、もう戻ってこないだろうね」
 要は喧嘩別れしてしまったのだ。もともとただの他人だし、彼女が僕たちにこだわる理
由もない。
「そうですね……またどこかで会えるでしょうか」
「きっと会えるよ。うん、そう信じよう」
「……そうですね。信じます」
 湿っぽい空気を払拭する。
 僕たちは頷き合い、また意味のない雑談を始めた。
 帰り道を2人で歩く。後ろは軽快なユーレイの足取り。なんとなく僕は、雑談の合間に
つまらない質問をしていた。
「ねぇ灰崎、楽しい?」
「はい、楽しいですよ」
「そっか」
 灰崎はきっと笑っているだろう。いつもそうなんだ。よく分からない理由で、よく分か
らない笑顔を浮かべている。
「ねぇ灰崎、死者蘇生の呪いってないのかな」
「え?」
「人間を生き返らせる方法。呪いは魔法なんでしょ? だったら誰か、君を生き返らせら
れる人がどこかにいるかも知れないじゃない」
「……」
 灰崎が黙り込む。
 あーまずい。もしかして僕、ヤッチマッタ?
「先輩」
「ん?」
 振り返ると、灰崎はなぜか、あきれたように僕を見ていた。
「なに寝ぼけてるんですか。疲れてます? まったく、やれやれです」
 そう言ってまた、傍観ユーレイは静かに笑う。ただ穏やかに、僕の日常《せかい》の傍
らで。



 そして家に帰り着くと。
「……」
「……」
「……」
 無言で見つめ合う僕たち3人。
 何故か、僕のベッドの上で、体育座りしている中学生がいた。
「……」
「……」
「……」
 彼女は頬をぷっくりと膨らませ、唇をとがらせ、僕でも灰崎でもないどこかを見ている。
「ねぇ灰崎。あれってもしかして、さっきどっか行っちゃったはずのあの子ですか?」
「違いますよ先輩。よく見て下さい、ほら、靴下の色が赤っぽい黒から青っぽい黒に変わ
ってるような気がします。双子並みに似てるけど実は別人なのではないでしょうか」
「……」
 彼女は不機嫌そうな顔のまま何も言わない。ただ黙って体育座りしている。
 でもまたこの部屋に来るということは、まぁその辺りが本音なのだろう。
 よく見ると目尻に渇いた涙の跡があった。そうか喧嘩別れして1人で泣いてたのか。思
ってた以上にナイーブな子だったようだ。
「ま、いいよ。好きなだけ泊まって行って。僕はもう寝るけどね」
「メリィちゃん」
「……」
 拗ねた顔が、視線だけを灰崎に向ける。
 灰崎は2人分の枕を手にして笑いかける。
「下のソファで一緒に寝ませんか? 寝心地最高ですよ。2人ならきっと2倍」
 メリィちゃんは黙って立ち上がり、大人しく灰崎の後ろについて行った。平和だなぁ。




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