斬-the black side blood union-

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#ex_ / 埋葬-wish-
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 街頭テレビは、見知らぬ子供の顔を映し出していた。
「………」
 電気屋の前で立ち止まる。
 アユミの視線が、積み上げられた画面のひとつを捉える。
 神妙な面もちのキャスターは固い声で事件を語る。
 あまり頭には入らなかったが、耳だけがぽつぽつと、記号的に断片を拾い上げていく。
 死んだ少年。
 餓死。
 栄養失調を通り越し、遠い国の孤児のような顔つきになっている少年。
 ――笑顔とはほど遠い、どこか虚ろな無表情。
「…………」
 ふと、アユミは電気屋の窓ガラスに目を向けた。
 そこにいるのも孤児だった。
 赤い髪。
 普段の色を忘れ、どこか少年と似た色をしている双眸。
「…………」
 虐待で死んだ子供の目であるらしい。
 もっとも自分は死ななかったが。
 たぶん、あの日の運勢がよかったからだろう。
 彼は運が悪かった。
 エサも与えぬ両親なんてハズレを引き、惨めでひもじい日々というハズレを引き、そこ
から抜け出すためのアタリを引けず、最後に大凶を引いて死んでしまった。
 それだけ。たったそれだけの理由で――
(死んじゃうなんて……納得できないよね)
 ふと夕空の向こうに目を向けた。
 もしかすると、あの少年は遠くの街で亡霊になっているのだろうか。
 そんな仮説を浮かべ、すぐに首を横に振る。
 静かに歩き出し、胸の内だけでアユミは唱えた。
(残るはずない。生きるのは苦しいから……楽しいことを何も知らずに死んだんだから、
残って何かをしたいなんて考えられるわけない……)
 寂れた商店街を歩き続ける。
 褪せたアスファルトを踏み、どこを目指すわけでもなく、ただ雑踏に身を浸す。
 流れてゆく街波。
 声の波濤がひしめいて、埋め尽くして、翳り始めた空に吸い上げられていく。
「…………」
 そしてまた、彼女の足はゆっくりと止まってしまった。
 雑音の壁に囲まれて。
 アユミと、視線の先で眠る者だけが切り取られているようだった。
 錆びたポストの足下に。
 黒い塊。
 猫の死骸が、転がっていた。
「…………」
 綺麗な死体だった。
 車に轢かれて潰れたわけでも、外敵に襲われて傷ついたわけでもなく。
 ――その野良猫は、街の片隅で、餓死していたのだ。
 しゃがみ込んで手をふれる。
 とっくに冷たくなっていた。
 その感触に、虚ろな瞳が見上げる空に、アユミは静かに顔を伏せた。
「………どうして……こう、上手くいかないんだろうね」
 もう少し早く会えていたら。
 いくらでも食べさせてあげたのに。
 お腹いっぱいになって、動けなくなるくらい好きなものを食べさせて、こっそりとお風
呂に入れて、またいつでも来てね――そう笑えたはずなのに、とアユミは毛並みを撫でた。
「……つらかった……よね」
 薄汚れ、お腹をすかし。
「淋しかったよね……苦しかったよね」
 ひとりぼっちで消えてしまった命を抱き上げ。
 少女はただ淋しそうに声を零した。
「助けてくれる人が、いなかったんだね……」
 アユミは静かに立ち上がる。
 せめて暖かい場所に埋めてあげよう。
 そう決めて、雑音に覆われた街を、歩き始めた。



 そして目覚めぬ穴の底。
 いつまでも、子供たちの声が響き続ける。
 誰にも救われないままに。
 虚しい祈りが注がれ続ける。
 ……例えば、天使の羽を踏みつけるように。
 私たちは、子供らの顔を、ひとつとして覚えてはいない。






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