斬-the black side blood union-
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#ex_ / 早坂神社にようこそ!-Friday the 13th-
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あー、あー。
どうもこんちは。早坂雪音でござい。やす。
「……はぁ」
などと余計な句点を増やしてしまうくらいにヒマヒマ中なあたしだった。
ばっさばっさと境内の砂を払う作業も飽き飽きで、わーひゃーとか叫びながら元気に突
撃してくる藍と碧をひらひら躱すのにももう慣れた。
空は晴天。雲は白。仕事も終わって石畳に腰を下ろし、竹箒に顎を乗せながら項垂れる。
「しっかしなぁ……どうしてこうもヒマなんかね、この神社。
こんな美人の生巫女さんがただで見れるっていうのにさぁ~」
はぁぁぁぁぁと長く、溜息を吐く。
どうだそこの霊媒体質諸君、あたしのもとまで依頼に来ないかね。あたしこれでも、基
本無敵よ?
「あぁーもう。
そうだなぁ、アユミちゃんか羽村君、もしくはその両方が来てくれたらいい暇潰しにな
るんだけどなぁ~」
そんな呻きも聞く神はなく。
延々と神社の入り口に目を向け続けるが、一向に羽村君もアユミちゃんも現れてはくれ
ないのであった! ヤッタネ!
「ぬぐうぅぅううううう……ひまー、ひまー、ひまだよう~」
そろそろ哀しくなってきた。
退屈は精神の死であるとは誰の格言か、とりあえず海の向こうの誰かな辺りまでは覚え
ている。
「あっれ……誰だっけ?」
「姉様、ふりすびー!」
「姉様、ふりすびーわんわんなのですっ!」
暴風と共にこちらへと飛来する円盤。
まった藍と碧のアホちんめ、つまんない遊びを覚えて来や、がって──っておい!?
「きゃああああああああッ!?」
咄嗟にあたしは頭を伏せた。
途端、あたしを素通りして神社の中へと突撃していく円盤。
それはがしゃしゃしゃずばきぃめきゃぼきごきがっっしゃーんなんて轟音を上げてあた
しの仕事場を破滅させ、最後にようやくごろごろとこっちに転がってきた。
「な……なっ、」
なーにがフリスビーだこのすっとこどっこい共め。
これ、どう見ても道端マンホールの蓋じゃないですか!?
「あ……あぁぁぁあああああああああああああああ」
あたしはギチギチと青ざめながら背後を振り返り、直視しがたい阿鼻叫喚を直視してし
まった。
「あああああああああああああああああああ」
さぁぁっと生気まで引いていく。
ウソだ、ウソですよねあたしの慈悲深い菩薩様?
そんな祈りを前にしても現実は非情だ。
──ごとり。
斬首刑でも喰らわされたように落ちる仏像の首。
火鉢は砕け、砂浸しになった私の仕事場。
脆い線香は1本も生き残れなかったらしい。
折れた木片、割れた床、いっそう傷だらけになった壁。この神社の芯部が、すでに神社
と呼べるものではなくなっていた。祀るべきものさえない戦火跡。
ぱたり。
あまりにも世知辛い光景に、あたしはとうとう倒れ伏してしまった。
「あ、姉様!? 姉様ッ!!」
「たたた大変なのです! やっぱりあの魔女に貰ったふりすびーなんて使うじゃなかった
なのです! 『実はお前達の姉様、犬並みにフリスビーが好きなんだぜ。だからこれやる
よ。ニヤリ』とかいうアレはきっと大ウソだったのです!!」
……そうか、あいつか。あいつの仕業だったのか。
あんのクソボケ魔女め、また意味もなく洒落にならない嫌がらせしやがって……。
「──藍、碧。仕事の時間よ」
「「 え? 」」
あたしはぬらりと体を起こし、縁側の下に隠しておいたソレをずりずりと引きずり出し
た。
ホッケーマスクを顔に装着し、ぶるるんずぼぼぼとチェーンソーを始動させる。
「標的は有害な魔女が一名。
あたしたちのミッションは速やかにこれを見つけ出し、跡形もなくこの世から抹消する
こと。いいわね!?」
返事を聞くよりも早く地を蹴り、あたしは全速力で神社を飛び出した。
キシャーコロスコロスコロスコロスコロス
+
物凄い勢いで、巫女服のジェイソンが、境内から飛び出していく。
そんな背中を見送りながら、双子はただ呆然としていた。
「……いっちゃった」
「……姉様、いつにもまして元気元気なのです」
追うべきか否かをしばらく相談してから、やっぱり追わないことにした。
だってなんか、あぶなそうだし。
『あぶないものには近付くな』と、2人の姉様はいつも口を酸っぱくして言う。
なら、関わっちゃいけないんだろう、きっと。
「あの、もし。あこに飾ってある絵馬が欲しいのですけど、どうすればいいでしょうか」
「「 ほぇ? 」」
唐突に声を掛けられた。
見ると、学生らしき少女が双子の背後に立っていた。
どこか世間知らずのお嬢様といった風貌の彼女は、困ったような笑みを浮かべて双子を
見ている。
それに対し、藍は“おとなっぽくてかんだいなたいおう”をしてみた。
「そうかほしいのか、なら好きなだけもっていけ。つりはいらんぞ」
「え……あの、代金はどこで払えば、」
「うむ、いらんと言っている。だからかってにもっていけ。正直めんどい」
「………。」
少女は困った笑みを深める。
しかしそこへ、石畳を登り終えた誰かが姿を現した。
「ん──なんだ客か?
へぇ、珍しいな。藍、碧、雪音さんはどこ行ったんだ?」
茶髪にピアスの少年である。
「あ、あほはむらだ」
「ああ、はむらのあほが来やがったなのです」
わーきゃー言いながら蹴ってくる双子を無視して、少年は学生に話しかけた。
「悪いね、巫女さんは小用で出てるらしい。用件なら代わりに俺が聞くけど?」
「ああ、助かりました。
あのですね、あこに飾ってある絵馬が欲しいのですが」
「ほう、なるほど受験生ね。とりあえずあれは500円」
「500円ですね、はい」
硬貨を受け取ってから、慣れた手つきで小屋の壁から絵馬を取ってくる。
「ま、がんばってくれ。
本業巫女さんじゃなくて申し訳ないが、代わりに祈っとくよ」
「はい。ありがとうございます」
にこやかに微笑んで、学生が去っていった。
「よし。
さて、バカ双子。それで雪音さんはどこ行ったって? 出張でもしてるのか」
「うみゅ。
なんか、悪い魔女をやっつけにいくそうだ。チェーンソーで」
「うげ、マジ?」
「マジなのです」
「マジなのか……そりゃすごいな」
冷や汗を流しつつ、少年はさっきまで雪音が腰掛けていた石畳に腰を下ろした。
「ま、俺たちがとやかく言っても仕方ないか。
それよりポテチ買ってきたからさ、雪音さんが帰ってくるまで3人で食べてようぜ」
「なにっ! あほはむら、もしかして今日はいいやつ!?」
「そんな、今日だけはヤケに気がきくつかいっぱしりなのですッ!?」
ハハハおいおいお前ら誰が今日だけいいやつな使いっ走りだコロスゾキシャー、という
文句は呑み込んで、少年はひとまずポテトチップスの袋を開けた。
今日も退屈極まりない。
しかしながら、日差しの下でスナック菓子を頬張り、ぐいとコーラで流し込む。この程
度の贅沢で退屈は紛れてくれるのだ。
「まったく……退屈ってのは、精神の幸福だよな」
そんなことを呟く午後3時。
少年はのんびりと腕枕して、この休日を謳歌することにしたのだった──。
+
鬱蒼と茂った森の奧。
高い高い崖下で、チェーンソーが唸りを上げる。
「ぐッ!」
振り落とされる殺人兵器。それを上空へと跳躍して回避し、崖に日本刀を突き立てて停
止する。
「雪音、何のつもりだ一体!? どうしてオレが襲われる!」
「ククククク……あああああっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
しかし巫女服のジェイソンは聞く耳持たず、崖の真ん中で停止している魔女に向かって、
あろうことか垂直の崖を駆け上り始めた!
「ば──反則だろ!?」
「ひぇえええっへっへっへっへ、シヌェェェェェェエエエエ!!!!」
ざしゅんと振り上げられ、崖とセーラー服に死を刻みつける惨殺ブレード。巻き込まれ
たリボンは1秒と待たずズタズタに引き裂かれた。
寸前で退避し、背の高い木に着地した魔女が冷や汗を流す。
「くそ……前々からバカだバカだと思っていたが、とうとう会話さえ出来ないほど幼児化
したか。
見苦しいな雪音。その醜態、元相棒として、とても容認できるものじゃない」
カチン。
枝の上の魔女と、崖に張りついたジェイソンが睨み合う。
けたたましい2ストロークエンジンが火を吹く。
いまかいまかと血肉の感触を待つ猛獣。
対する刃は流麗な、水を駆ける狼のように研ぎ澄まされた刃。
「いくぞ──!」
一瞬後には、二条の獣が激突し。
死闘は日が暮れるまで続くのだった。
+
「ん。ナンダコレ?」
少年が、石畳で鎮座していたマンホールの蓋を見た。
「ああ、それはだな──」
双子が魔女にもらったふりすびーである。
これが原因で雪音はチェーンソーを手にし、鬼の形相で山へ魔女狩りに、川へ魔女狩り
に、
「きんじょの子供にもらった」
あれ?
「マンホールの蓋をか……どんなガキだ一体」
「うみゅ。やまだくんは今年しょうがく1年生にして身長180せんちのすーぱーひー
ろーだそうだ」
「……そりゃまた」
最近の子供の発育はすごいな、俺の想像を絶してる。などと冷や汗を流す少年。
「でも、さっきはあぶなかったなのです。
これのせいで、あやうく姉様にどつかれるところだったのです」
「うみゅ。碧のないすいいわけで、姉様はおまえの先生をやっつけにいったようだ。イチ
イシニトリ」
「しめしめ、なのです」
にひひと笑い合う双子。
なんだ、お前らまた悪さしやがったのか──そう呟きながら頬を掻くがしかし。
「……ま、どうでもいいけどな」
案外あっさり結論づけて、少年はしばし昼寝をすることにした。
平和な神社で欠伸をひとつ。それにしても、今日はいい天気だな~。完
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