斬-the black side blood union-

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#ex_ / 縁条市-rust-
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 ──地方県、縁条市。
 この街を記述するのに打ってつけの言葉がある。「日に日に錆びていく街」だ。
 それなりの土地を有しながらも人口密度は首都の1/x程度しかなく、国の恥と言われ
る地方自治体の経済破綻事件後、そこから県に完全吸収される形で微かに生き長らえたこ
の街は本当に半端な存在だと思う。
 街の様子は薄暗く薄汚い和風ジャンクシティ。年に何回か飲食チェーン店がオープンさ
れてはすぐ潰れ、カビの生えたような赤字スレスレ黒字(だと店長は言っていたが実質は
不明。もしかしたらおもいっきり赤字なのかも)のコンビニだけが深夜まで灯をともして
唯一生き長らえている。
 ただ生きていくだけの街。
 きっともう、そう長くはないであろう街。
 そんな不安を感じさせる不吉な空気が、縁条市にはいつだって漂っていた。
「…………」
 雑踏の中を漂いながら思う。何故人々は、こんな街であんなにも楽しそうに笑っていら
れるのだろうかと。
 そんなことを考えていると、突然誰かが遠くから叫んできた。
「羽村くん助けて!」
「ん?」
 はぁはぁと息を切らしながら駆け込んできた少女は、呼吸を整え、切羽詰まった瞳で俺
の腕を掴む。
 がしっ
「助けて、羽村くんっ!」
「な、なんだよいきなり。先生と昼飯買いに行ったんじゃなかったのか?」
「それがね、先生が『オレの吉野家はどこだ!? 誰が隠してるんだ出せ殺すぞ!!』と
か叫んでるんだよ、昨日出来たばかりのミスドで暴れてるんだよ! ああどうしよう、あ
んなに怒った先生初めて見たよ──」
「……へぇ」
 そういえば一週間くらい前に吉野家で工事してたな。
 取り外される看板を私服姿で見上げている店長に「改装でもしてるのか」と聞いてみた
所、「おう少年。実はな、土地の契約が今月で終了なんだわ。いままでありがとよ」と返
された。
「ねぇ、どうしよう羽村くん、わたしどうすればいいの?」
 あたふたと目を回し始めた少女を見ていると、不思議と小さく笑みが零れた。
 くだらない日常のひとかけら。本当に、人間という生き物は、どうしてこんなくだらな
いことで笑顔を浮かべられるんだか──
「よし、俺に任せとけアユミ。とっととバカ師匠を退治してきてやるよ」
「え?」
 ぽんと少女の肩を叩いて歩き出す。目的地は出来たばかりのドーナツ屋。
 自動ドアをくぐるや否や、

「牛丼を出せ」

 そんな不機嫌な声が聞こえてきた。
「も、申し訳御座いませんお客さま……何度もご説明した通り、当店はドーナツ屋でし
て、」
「いいから牛丼を出せ。さもなくば──コロス」
「ひぃぃいっ!?」
 ずどん。
 一体何が起こったのか、店の奥から重い衝撃音。店長らしき人物が、悲鳴を上げながら
俺の横を駆け抜けていった。
「はぁ……」
 ったく。
 先生、せっかく開店した数少ない飲食店で、いきなり何やっちゃってくれてるんです
かーっ。
 地方県、縁条市。今日もこの街では、気怠い日常が紡がれ続けている。






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