斬-the black side blood union-
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#ex_ / 濃霧-Cloudy-
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とても幸せな夢を見ていた。
目の前で仲間たちが笑っている。
空は花火。
夏の花火大会の思い出。
セピア色の世界の中で、舞い散るキラキラを見上げて、隣に座っていた少女が人差し指
を掲げた。
「ばーん」
指先に唱和するように、大きく弾ける打ち上げ花火。
そんなおかしな仕草に私は笑う。彼女も笑う。みんなも笑った。
それはたぶん、まだみんなが笑っていた頃の記憶。
私たちの帰り着く場所。
+
「……」
見上げた先は白い天井。
すごく静かだ。
まるでまだ夢の中にいるみたい。
「……」
こんなに静かな気分になったのは、いつ以来だろう。
長いこと安心なんて忘れていた気がする。ひどく荒んだ気分で過ごしていたから。
ゆったりと、重い体を起こした。
「目が覚めたかい?」
声を掛けられて、顔を向ける。白衣の女医さんがいた。どうにも病院であるらしい。
その人が、ぴ、と私の鼻先に指を突き付けてきた。
「貧血。ちゃんと食べないとだめじゃないか智花ちゃん、せっかく――」
せっかくご両親が気を遣ってくれたのに、とその人は言った。
いま、我が家は1人だ。自分が『しばらく1人にして欲しい』と言ったら、あの優しい
両親は自分を抱き締め、その我が儘を叶えてくれた。
早く元気になるんだよ、と頭を撫でて。
「……」
そんな込み入った事情までよく知ってるな。
誰なんだろう、この女医さん。
私の顔を覗き込み、女医さんは細い指で私の前髪に触れた。
「……ひどい顔だ。目に生気がない。まったく、まるでお人形さんじゃないか。いつもの
元気はどこ行ったんだい」
元気なんてない。
あの日から。
私はずっと空元気だった。
「さ、これ食べてとっとと授業行っといで。信二君が心配するよ」
購買の菓子パンを投げ渡された。無感情のままで見下ろす。
美濃信二。
脳裏に凛とした眼鏡の男子が浮かぶ。
心配?
しないよ。あいつだって変わってない振りしてるだけで、本当は私と似たような状態な
んだ。他人を気遣ってられる余裕なんてない。私たち4人は、みんなそうだ。
「あ、智花ちゃん!? 食べて行きなって! また倒れちゃうよ!」
「……」
菓子パンを枕元に置いて、私は逃げるようにその部屋から出た。
どうにも保健室だったらしい。
ということは女医さんでなく保健教師だったのか。
あの口ぶりからすると、たぶん親しかったのだろう。よく覚えていない。ここのところ
記憶が曖昧だった。クラスメイトが他人ばかり。自分の性格を思い出すのも億劫だ。
「……」
閑散とした廊下。
教室へ帰ろう。
そしてまたこの無色の日々に身を浸す。
窓の外は灰色の曇天で、もうじき雨が降り出しそうだった。
「……」
――階段を上がる最中、金髪の、暗い男子とすれ違う。
吉田流星。
別人みたいに元気を失くした、かつての仲間。
+
「……」
夜。
気が付くと私は廃工場のパイプ椅子に腰掛けていた。
「……」
鉄さびの匂い。
1人きり。
また記憶が飛んでる。こんなところで、何をやっていたのだろう。
周囲を見ると、ゴミがちらかっていた。
片づけなくちゃいけない。
ふらふらと椅子から立ち上がり、ひとつひとつ拾ってポリ袋に詰めていく。
「……」
廃工場を見回す。
いつか、誰かが座っていたパイプ椅子。
もう誰も来ないのだろうか。
それは淋しい。
感情の抜けきった胸で、呆然とそんなことを考えていた。
+
翌日も私は無色だった。
中休み、ぼうっと窓から外の曇天を眺めている。
「……」
穏やかな街。
こんな風にぼうっと空を眺めて、私もいつか、×××のように死ぬのだろう。
……退屈な人生。何かを永遠に失くしてしまった、桂智花の日々。
「あ、あの、桂さん」
「……」
ふらりと視線だけで振り返る。
知らない男子が立っていた。
「これ、よかったら……今度、一緒に映画行かない?」
チケット。
退屈なお誘い。
きっと私に気があるのだろう。他人事のように納得した。
でももう当事者になりたいとは思わない。
ごめんね、名前も思い出せない男子クン。
「その……さ、桂さん」
女の子みたいな男子。綺麗な顔。モテそう。私なんかに構わず、他の子を誘えばいいの
に。
「元気出して。面倒だったら映画はいいよ。ただ、クラスメイトとして、桂さんには元気
になって欲しい。それだけ」
淋しそうな笑顔で、彼は去っていった。
自分の思いをねじ伏せて、私を気遣ってくれたのだろう。
「……」
窓の外に視線を戻すと、テニスコートで俊彦が喧嘩していた。中林俊彦。羽交い締めさ
れても構わず目の前の男子を蹴り、力ずくで振り解こうとしていた。
「やめろよ中林、なぁ! どうしちまったんだよお前!?」
「放せ――放せぇぇええええええええええええええっっ!!」
あんな風に暴れたら、私もすっきりするのだろうか。
鬼の形相と遠い叫びを聞きながら、ぼうっとそんなことを考えていた。
+
「……」
気が付くと自室だった。
またぼうっと天井を眺めている。
夜。
かすかに空が明るくて、たぶんもう朝が近い。
窓の外は滝の音。
いつの間にか雨が降っていた。
クローゼットが開いていて、ちゃぶ台には、2人分の湯飲みが並んでいる。
「……」
誰か来ていたのだろう。
よく思い出せない。
かすかに、赤い髪と花のような笑顔が脳裏を掠めた。
「……」
誰だろう、その子。
よく分からない。思い出せない。ただ胸の中に安堵があった。暖かい温度があった。き
っとその子がくれたのだろう。
たぶん、その子といる時だけは、私は私を取り戻しているのだと思う。
「……」
自分の両手を見た。
ここのところずっと不安定だ。
感情がなかったり、ふとした拍子に元気になったり、記憶が飛んだり。
混濁している。
桂智花がぐちゃぐちゃに混ざっている。
記憶は不確か。
人格も不確か。
目的も理由も分からないまま、ただ、胸の中の焦燥だけを感じていた。
「……」
助ける。
助けなくちゃいけないんだ。
――誰を?
分からない。もう名前も思い出せない。
それでも私は助けに行くんだ。
――どうやって?
会いに行く。
姿を消したあの子を追って、私は必ずあの子を取り返しにいく。
――どんな風に?
「……」
そこで、胸の中の問答は終わった。
答えはない。
意味なんてないのかも知れない。
「……」
机の上に、コンビニの袋が置いてあった。
私が買ってきたのだろう。
何を買ったのかも、よく、覚えていないけれど。
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