BITTER CHOCOLATE

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雪葬-CRUNCH*CHOCOLATE-
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1/

 12月初頭――
 天候は曇り、マイナス4度、凍り付いているような雪景色の中を列車は進んだ。
 降雪による運行停止を危惧したものの、なんとか目的の駅まで白い悪魔に邪魔されることはなかった。
 雪景色の中、バスに揺られて、本当に観光地かと疑うような田舎町を通り過ぎて無事目的地に到着した。
 山をまるごとひとつスキー場に変えたかのような、削り出して作られた巨大ゲレンデだった。大きなスキー場があって、段々になっていて、それらを挟むように旅館やホテルが点在しているという地形。旅館の二階の窓から見れば、手の届くような距離でみんながスキーをやっているっていう風変わりな光景だ。
「あ……」
 ふっと周囲を見ればバス内に誰もいない。運転手さんのアナウンスで早く降りるよう言われる。ごめんなさい、と慌てて荷物を引っ張りバスを降りる。
 ――――――その、雪を踏みしめた始めの一歩で、霊的な違和感が全身を貫いた。
「危ない! 逃げろお嬢ちゃんっ!」
 空から降って来た暴風が私をかすめて地面に激突し、ブーツ越しでも分かるような振動を生んで派手な轟音を上げた。体がこわばり、耳が痛い。売店のおじさんが、バスの運転手が観光客たちが一斉に私を見ている。
 他人ごとのように足元を見下ろすと、人を圧殺できそうな錆びた白看板が転がっていた。私に直撃するところだったらしい。見上げれば確かに、売店の看板があるはずの部分は古くなった金具が捩じ切れていた。
 どこからか女の子の笑い声が聞こえた気がしてようやく思い出す。
 ――――そうえいば、今日は星座占い最下位なんだっけ。



 シーズンだっていうのに何故だかスキー客は少ない。視界が悪くなるほど強くなった雪に辟易してホテルへ引っ込んでいく客までいた。
 鞄に積もった雪を振り払う。ゲレンデを駆け上がる乗り合いスノーモービルのそりに揺られながら、一件の黒焦げたホテルを見つけた。何だろうあれ、火事でもあったんだろうか。
 そんな視界の隅のシミも、旅館に辿り着いた途端にどうでもよくなってしまった。やっと休める。暖房の効いた部屋を想像してリラックスするのだけれど、なんだかスノーモービルの人と女将のおばあさんが騒いでる。トラブルの予感。
「ごめんなさいねぇ。みーんな急病で倒れてしもてねぇ、こんなことあるんだねぇ」
 営業不能らしい。どうなってんのよ。
「あっちの旅館に話はつけておいたから、お食事もお部屋もいちばんいいものにさせて頂いたのでねぇ。本当にごめんなさいねぇ」
 あ、そうなんだ。ならいいや別に。最後まで申し訳なさそうに頭をさげていたおばあさんにお別れして、私は鼻歌交じりでスノーモービル運搬されたのだった。
 なんとあっちは露天つきらしい。お食事も美味しいって評判らしいし、どんな旅館なんだろう。期待に胸を膨らませて来たっていうのに、
「あいやごめんなすって」
 どゆこと。
「本っっっ当に申し訳ねぇ。仕入れの車が事故起こしやがったもんで、食材がまったく入って来ねぇんでさぁ」
 構いません、入れてください。
「挙句の果てに、このタイミングで水道管ぶっ飛んじまってねぇ。水道が一切使えなくてねぇ。本当に申し訳ねぇんだけども、あっちの旅館に話つけておいたもんで。お客さんにはみーんなそっちへ移ってもらったんでさぁ――ところでお嬢さん、まさか高校生の一人旅ですかい?」
 慌ててスノーモービルに逃げ込んだ。私、藤原茜。訳あって今回、大学生の振りをして東北観光に訪れた高校生だ。身分証近辺はオール詐欺《ぱちもん》。
 おほほほほ、おほほほほと笑って運転手さんを誤魔化しながら、ようやく私はその旅館へ辿り着いたのだった。
「お部屋がいっぱいでねぇ」
「おほほほほ、おほほほほ」



 藤原茜お一人様、紆余曲折を経て、結局は40畳の雑魚寝部屋に宿泊と相成った。ぽつんと入口に立ち尽くして、震える手を自覚した。
「…………面白い……」
 体育館みたいな広さの、修学旅行か宴会か披露宴やなんかに使うような雑魚寝室。
 明日までこの空間を独り占め? まるでナインティナイン岡村の自宅じゃないか。なんて豪勢、場違いにも感動に打ち震える私なのであった。
 きゃほーと声を上げて畳をヘッドスライディングしてやった。
「あの――ごめんなさい、本当にこんなお部屋でいいの?」
「え? はい、もう最高」
 広いは正義、どこに不満があるだろう。パシャパシャと親友に送るための写メを撮影していく。自慢してやるのだ。女将さんは最後まで不思議そうだったけど。
「藤原さーん! なにか、大きなお荷物が届いていますけど!」
「はい?」
 女将さんと入れ違いに、仲居さん3人がかりで運び込まれてきた巨大な荷物に私は目を点にした。
 旅館にあるまじき重厚さ、中居さんたちもうんしょうんしょと声を上げ大変そう。ずしんと畳の上に置かれる。
 黒塗り、銀飾り、縦長六角形の木箱に金の十字架があしらわれた西洋の、

 棺だった。

「……………………」
 え? なんで? まさか郵送で届いたっていうの? 私の旅行先に死体を届けたのは誰?
「あの――お客さま?」
「ギターケースです」
「はい?」
「実は私、ヴィジュアル系のバンドを組んでて、このギターはツェッペリン・ナギナギョータ・ヴワル4世っていいます。見たいですか?」
「是非」
「出てってください。このギターは呪われてるんです」
 ばたんと3人の仲居さんを力づくで追い出して、私はぜいぜいと息を切らす。嘘を押し通すっていうのは疲れる作業だ。
「…………ふふ。主《あるじ》、嘘つきは人殺しのはじまりという諺を知らないの?」
「うっさいわよ馬鹿。なんでアンタがここにいるの?」
 重そうな棺の蓋を押し開け、気だるそうに姿を表す可憐な金長髪の少女。そいつがいるだけで雑魚寝部屋が宮廷に変わったような気がした。小さすぎる矮躯、あまりに美しいブルーの瞳の、“おかしな体”をした少女だった。
「なんで、と言われても、主を守るのは従者の役目でしょう? どこも間違ってなんてないはずだけれど」
 ぱんぱんと埃を払う、こいつの名前はアリス、私の自宅の居候みたいなもので――世界で唯一の正真正銘本物の“アリス”だ。
「しかし、棺の旅は最悪ね。途中で集荷場とおぼしき場所で荷分けされたんだけど、トラックに積み込まれるときに投げられたわよ。お陰でほら、私の棺に傷が」
「……電話……」
 着うたが鳴ったので、カバンの中身をひっくり返してケータイを引っ張り上げる。木ノ崎りな。地元に残してきた親友からだった。
『――もしもし茜ちゃん、私。ホテルついた?』
「着いたけど…………あの、りな」
『荷物はちゃんと届いたかな? なんか、ヘンな伝言メッセージが入ってて、茜ちゃんの家の前にある棺を郵送で送ってくださいって。びっくりしたよ、マンションの廊下にででんと棺が置かれてるんだから』
「………………そう、ありがとう。あとで掛け直すわ』
 謎の伝言メッセージの主は、棺に腰掛けニコニコと手を振っていた。皇族さまのモノマネ。
「しかし、主、また妙な部屋に当たってしまったものね」
「妙な部屋?」
「ほら」
 畳を捲り1枚、絵画を捲り2枚、壁掛け時計を捲って3枚。私はゴキブリでも見つけたような気分になった。そのうちに、アリスの両手はお札でいっぱいになってしまったのだ。
「…………ね、妙な部屋でしょう?」
 そのしたり顔に眩暈がする。アリスはアレなため、こういったものには100倍ほど敏感なのだ。霊視ランクは恐らくAより上に該当するだろう。
 言われて改めて見回すと、確かに四隅の辺りとか、天井近くとかヘンなモヤモヤが漂っている。やられた。女将さんも気にするわけだ。
「……それ、意味あるの?」
「このお札? ないね。祈り、願い、祈祷。そんなの気休めよ――――」
 ゴミのように投げ捨てられ、宙を舞う魔除けの束。実際にゴミだった。意味のない術式なんて妄想だ。
「――――――主も知っての通り。この世に“異常”を引き起こし得るのは、私たちが持つ“呪い”だけよ。」
 毒のような微笑だった。



 ドアをノックされ、慌ててアリスを押入れに押し込んだ。どうぞ、と呼び入れるとさっきの女将さんだった。
 御行儀よく手を立てて挨拶してくれた。つられてこっちも手を突きそうになるが。
「はい、では改めまして、担当の真中っていいます。このホテル“ゆうすげ”の女将でございます。こんなお部屋で申し訳ないけれど、困ったことがあれば何なりと……」
「待って。あれ、何?」
「あれ?」
 ドアの方からものすげー視線視線視線3人前、高速で「話を振って」と瞬きしてる人たちがいた。双子のような少女2人に、優しそうなお姉さん。さっき棺を運びいれてくれた若い仲居さんたち3人だった。なんだろうアレ。構ってアピール?
「これ、お下がり!」
「「「は~い」」」
 不服げに下がって行く中居さんたち。唖然としてみていると、手短に説明を終えて女将さんも下がっていった。ドアが閉じた途端にお叱りの声。本当、何なんだろう一体。
 がたがたと押入れがうごめく。静かにしてなさい。
「さ、て…………」
 いつまでもぼぅっとしてはいられない。早速だけど荷物の中からオレンジ色のファイルを取り出して捲る。手書きの文字をずらずらと追うのだけれど。
「………………」
 しばしして異変に気付いた。何の間違いか、ドアが全開だったのだ。廊下丸見え。そこに、隠れてるつもりなのかこれまた丸見えの中居さんたち3人がいた。
「ひそひそ…………沙奈ちゃん、まずいって。やめようよぉ……」
「ひそひそ…………だって玲奈ちゃん、ぜったい淋しいよ、一人ぼっちでこんな広い部屋。真中さんも何考えてるんだろう、こんなのってないよ……」
「ひそひそ…………そうねぇ……やっぱり、女の子の一人旅なんですものねぇ……」
 口頭でひそひそって言ってる割には聞こえよがしなんだけど、だから何なのアレ。要するに構って欲しいの? 断固としてファイルを読み耽る。私は遊びに来たという体《てい》だけど、決して本当に遊びに来たのではないんだから。
 とそこで、またガタガタと押入れが蠢く。私はファイルに目を落としたまま背筋がひきつるのを感じた。
「え?」
「あれ?」
「…………あら?」
 中居さんたちも首を傾げる。やばい、気付かれた。まずいデンジャラスだこの状況。
「……ねぇ玲奈ちゃん、いま、何か聞こえなかった?」
「押し入れが……こう、ガサガサーって」
「あらあら。うふふ、さては、猫でも隠れてるのかしら?」
 がったがた暴れてる。やばい。宿泊料一人分しか払ってない上に、アリスは体がアレなのだ。絶対に一般人の目に触れさせちゃいけない。
 いよいよ、押入れの扉ががたんっと外れそうなほど揺れる。それきり静かになった。よかった、アリスもきっと状況を理解したんだ。
(よし……その調子よ、絶対にいま出てきちゃダメだからね……!)
「? なぜ、主。どうして私に出てくるな、などと念じるの?」
 神殿の石版のごとき壮大さでもって、扉が倒れてきてしまった。召喚されしゴーレムは小さな小さな、この場にあってはならない第三者、いつもどおり偉そうに優雅に堂々としている。盗っ人猛々しいとはこのことだ。
 シャンプーのCMばりにたなびく美しい金長髪、アウト。
「あ、」
「あ、」
「あああああああああああああ――っ!?」
 中居さんたち絶叫、私はその場に崩れ落ちてしまった。この、馬鹿。
「え? ……ああ、覗き見ている輩がいたの。まぁいいじゃない。それより主、どうこのすきぃうぇあぁというお洋服。子供用だけど、似合っているかしら?」
 ふりふり。幸いにも厚着のお陰でアリスの体が見られることはなかったけれど、中居さんたちはべしゃりと倒れこんできた。いよいよばっちりと目が合う。みんな沈黙した。
「…………………………」
 どうしようこの状況。



「沙奈っていいます!」
 綺麗な黒髪を右側にまとめた、私と同世代くらいの中居さんだった。さっきのことなんて忘れたみたいに明るい。
「れ、玲奈っていいます……」
 同じく同世代くらいの女の子。双子だろうか? 状況もあってか、沙奈ちゃんほど元気ではなかったけれど。
「はい、椿っていいまーす」
 こちらは、髪色の明るいお姉さんだった。聞いてるだけで溶けてしまいそうな声。いろんなことがどうでもよくなってくる。
「ちなみに、私と玲奈ちゃんは双子じゃないですよ」
「あ、そうなんだ……」
「よく似てるって言われます! 私も玲奈ちゃんのことは姉妹だと思ってます!」
「さ、沙奈ちゃん……!」
 そんな個性的な中居さんたち3人が、キラキラと期待のまなざしで私を見上げてくる圧倒される。
 何? 私に何を期待しているの?
「…………あ、茜っていいます……観光客です、てへへ」
「茜ちゃん……」
「茜さん……」
「お客様……」
「主、薄ら寒い笑い方はやめた方がいい」
 誰のせいだと思ってんのよ。呑気にチョコ食ってんじゃないわよってか、どっから持ってきたのよそれ。
 で、当然ながら中居さんたちの矛先はチョコ食ってるやつに向いた。
「お客様! あの子は!? 一体何なんですか、どうしてあんなに美少女なんですか!」
「さ、沙奈ちゃん……!」
「そうねぇ。確かに、ちょっと、まずいかもねぇ」
 当のアリスは我関せずでわざと話しかけづらい高貴な空気を放っている。下民な私は頭ひねって必死で機転をきかせる。大丈夫頭の回転は速いほうだ。
 どうする? どうするの?
「えっと……………………妹、」
「ふん、誰が妹? ばかにしないで」
「ごめんなさい本当は従姉妹《いとこ》なの。勝手にバス乗ってついてきちゃって困っているの、おほほほほ、おほほほほ。」
 まだチョコ食ってる。本当、もっかい棺に詰めて送り返してやろうかこの馬鹿。
 仲居さんたちも困惑していた。無理もない、本当どうしよう。
「バスに乗って……ですか?」
「ええ。ひどい淋しがり屋でね、私の旅行について行く行く~って聞かなかったの」
「あんなに小さいのに、ひとりでバスに乗って……」
「そうそう。一人で、頑張って追いかけて来ちゃったのよねー」
「「……偉い」」
 ぱちぱちぱち、なんだかよく分からない拍手を受けて、まるでわかってないアリスが誇ってる。
「……お客様。これをご覧ください」
「へ?」
 不意に玲奈ちゃんがフリップを取り出し、沙奈ちゃんが眼鏡をかけ教鞭で解説してくれた。
 フリップの内容は――「ホテルゆうすげ」の部屋料金一覧?
「はい、ご覧のように! 当館は人数に関係なく、部屋料制で料金を頂いております。別に、人数が増えた所で困るようなことは、ちょっぴりしかないです」
「正確には、お食事とかね。うちのような零細は急に人数が増えるとタイヘンなのよ。まぁ今回は他のホテルが色々あって、運良く緊急で食材とか余分に仕入れに行ってもらってるのだけれど」
 そうなんだ。アリスがドヤ顔でミネラルウォーターのCMの山頂に辿り着いた美人のものまね(推定)をしているけど、要するに。
「……セーフ?」
「お子さんみたいだし、なんとかなるのではないかしら」
「………………」
 私は黙って頭を下げた。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「お任せを! 私たちがさくっと話つけてきます!」
 そうして中居さん3人組は、暴風のように現れ台風のように去っていったのだった。
「はい、あなたが落としたのはこのクランチチョコ? それともこっちのクランチチョコ?」
 去り際に、椿さんが個別包装のクランチチョコレートを3つもくれた。さっきからアリスが食べてたやつだ。
「ご安心を。あれでも、女将はとっても話の分かる人ですから――」
 私はポツンと取り残され、手のひらのチョコを見下ろしていた。
「……馬鹿の国のアリス」
 涼しい顔で受け流された。




 本当に、窓の外の階下はすぐスキー場だった。目と鼻の先で家族連れがはしゃいでて、子供がすっ転んでキャッキャ言ってる。手が届きそうだった。
 通りすがりの観光客の少女に手を振られたので、振り返しておく。色白美人さんだった。
「ねぇ主、さっきの3人組は何だったの?」
「何、って中居さんだけど。あんたに分かりやすく言えば――ホテルスタッフ?」
「ふぅん。日本のホテルはえらく気安いのね。なんだかよく分からないけれど、任せておいて大丈夫だったの?」
「……まぁ、大丈夫よ、大丈夫。おほほほほ」
「目が泳いでる」
 うっさい、ぜんぶあんたのせいだ。
「……ねぇあんた、わざわざりなに郵送させてまで、一体何しに来たの? まさか観光?」
「あれ、言わなかった? 主の身の安全を守るのは契約者の勤め」
 嘘ばっかりだ、地元にいる時はずっと棺の中でスイッチオフなくせに。
「さて、」
 いつまでも遊んではいられない。追い出される前に、こんな東北くんだりまでやって来た目的を果たさないと。
 さっきのオレンジ色のファイルを捲る。1ページ目でちょうど窓の下の色白美人さんがすっ転んだ。
「主、事件概要?」
「えぇ。あんたも一応聞いておく?」
 コクリと行儀よく頷いたので、ドアが閉まっているのを確認してから音読してやることにした。
「えー、事件はいまから約2月ほど前ね。ホテルが火事で半焼したの。ほら、ここから見えるでしょう、あの黒焦げ。怪我人は少数、死者が修学旅行中だった1名に観光客の女性1名」
「ああ……だからこのスキー場、広いくせにこんなに錆びれていたのね」
 その通りだ。1人死亡しただけで大変だっていうのに、一挙に2人も死んでしまえば誰だって観光気分で行こうとは思わなくなる。きっとさっきの中居さんたちも苦労していることだろう。
「火事って言った? 出火原因は何だったの?」
「えっと、出火原因は不明って書いてあるわね。でも注釈入ってる。恐らく、これは犯人《ホシ》の仕業だろうって」
「…………なるほど。主の仕事は、その放火の犯人を捕まえることなのね? 物理的に捕まえられる相手なのかは知らないけれど」
 その通りだ。そして、恐らく物理的に捕まえられる相手じゃない。
 ――――ここへ来た時、私を狙いすましたように看板が降って来た。そして聞こえた謎の少女の声を覚えてる。
「…………まぁ、そうね。主の想像通り、このスキー場は普通ではないわよ」
「そうなの?」
「ええ、空気が違う。私たち“こっち側”にしか分からない、独特の匂いみたいなものね」
 ふぅ――と息吐いて、アリスの笑みが不吉を帯びる。足元から崩れ去っていくような不安を感じた。
「…………このスキー場は、間違いなく“呪われて”いる。」
 リスクを楽しむような危うさだった。土台、恐らくアリスにとっては楽しみかお遊びでしかないのだろう。私の霊視も部屋の隅に仄暗いモヤのようなものを幻視する。
「主、続きは?」
 意識しすぎだ。振り払うようにかぶりを振って続ける。
 異変の予兆、因果関係は不明だが、実は火事より1年くらい前からずっと妙な事件や事故が多発していたらしい。水道管とかガス事故だとか、神隠しのような迷子だとか。
 2ヶ月前の火事は、それらのポルターガイスト現象みたいなのの延長線上にある可能性が高いと見られる。なので、ポルターガイストのそれぞれの詳細を以下に纏めておきました。気を付けてね茜ちゃん、筆者・木ノ崎りな。追伸おみやげとか気にしないでいいから。
「…………山ほど買って帰ろう」
「主は友人に甘すぎる」
 そうだろうか? 我が親友ながらいい仕事してると思うんだけど。わざわざ私のためにこんなお手製事件簿を用意してくれるなんて泣けてくる。
 パラパラとポルターガイスト現象?の詳細を捲っていくが、どれもこれも他愛ないものばかり。廊下にジュースが散乱してたり、子供がホテルで迷って存在し得ない階を彷徨ったり、不意に飾ってあった壺や窓ガラスが割れたりだとか。
 あと、従業員が急病?
「あ……そういえば」
「何?」
 この部屋へ辿り着くまで、たらい回しされたんだっけ。単にツいてないのかと思ったけど、急病だとか水道管破裂だとか言ってたような。
 ふむ。
「………………」
 なんとなく、やけに私のことを気に掛けてた仲居さん3人の態度も気に掛かった。これは直感。インスピレーションには自信がある方だ。
 パラパラパラと速読でめくっていく。りなの事件ファイルは、最後の一行を残して終わっていた。
「追伸2。そちらの“事情通”さんに話を通してあります。お名前は山本さん――」
「……主、誰か来た」
 アリスの声に遅れること数秒、ドアが2度ノックされた。はーいと返事すると、現れたのは、柔らかい笑顔の椿さん。
 その手にお盆、急須とお茶菓子。
「はい、お邪魔します。寒い中わざわざ来てくれたのだし、あたたかいお茶なんていかが?」
「あ、是非。」
 さくさくと手際よく用意してくれる。私は改めて椿さんの名札を見た。
 椿さんの苗字は――――――――“山本さん”。山本椿さんだった。
「………………藤原…………茜さん、よね? 木ノ崎りなさんという方を知っているわね?」
 どうにも、椿さんが“事情通”だったらしい。







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