There is always light behind the clouds....

砂嵐。
砂嵐の荒野を、二人で歩く。
砂の地面に伸びた影は2つ。
「…………まったく。昨日は散々だったな。何がクロトカゲの肉は美味い、だ」
冴えない服装に身を包んだ自分。
手の中で、小さく雷撃魔法を握りつぶす。
魔法使い特有の床ドンみたいなものだと思ってくれていい。
そして、もうひとり。
「まぁまぁ師匠。仕方ないじゃありませんか。あの武器屋さんだって、決して悪気があったわけではないのですから」
リリアナ・オーベルジュ。
魔法使いの弟子。
生まれつき全属性マスターという天才的才能と、絶望的不器用で最低級魔法もろくに扱えないという、希望と絶望が混在したような少女だ。
ピンチになれば山をも吹っ飛ばせるが、たまにスライムにすら敗北する。
「……冗談じゃない。あの武器屋の味覚は狂っている」
「道理ですね。確かに、狂っていました。クロトカゲの肉は独特の酸味があります」
「肉だぞ? なのに酸味だぞ? 腐ってないのに腐ってやがる!」
「そうですね。でも、慣れれば案外――」
「やめろリリ。それ以上言うと、一緒に旅を続けるのが不安になる」
「はい。言いません。胸の内にしまっておきます」
荒野は砂嵐。
普通の人間なら息もできないような過酷な状況下で、しかし俺たち二人は当然のように会話する。
それもそのはず。
「リリ。魔法の調子はどうだ、維持できそうか」
「問題ありません。見てください、私の上達ぶりを。かつてこんなに安定して防御魔法を展開し続けられる弟子がいたでしょうか」
「いなかったな。弟子を取るのは、初めてのことだからな」
「この調子なら、このまま“人影”に出くわしても余裕ですね!」
「なるほど、戦闘に入っても余裕だと? 大した自信だ」
「お任せください! “人影”の100や200、敵ではありません! いまなら何でもできそうな気がするんです!」
「そうか、よしよし。弟子よ、あれを見たまえ。あの少し地面が窪みになっているあたりだ」
「はい?」
 真っ黒い影が出現する。
 人型のようでいて、いびつなシルエット。
 その不吉極まりないバケモノは、こちらを見つけるや、餌を得たとばかりに一目散に駆けてくる。
 ――――“人影”。
「現れました、師匠。サクッとやっちゃってください」
「大丈夫だ弟子よ。いまの弟子ならなんでもできそうな気がするらしいからな」
「すいません気のせいでした」
「よし、やれ」
「鬼」
「※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※――――!!」
“人影”が現れた。
砂嵐に対する防御魔法をかれこれ2時間ほど維持し続けている弟子は、パニックを起こしそうになっている。
さすがに、悪環境での戦闘はまだ厳しいか。
「よし分かった。俺が指示を出すから、言われたとおりに動いてみろ」
「無理です」
「やれ」
「いやです」
「戦え」
「イエスマイロード。……今晩はクロトカゲのステーキですね、ちっ」
ようやく、弟子が戦闘態勢に入った。
俺も弟子から距離を取り、自分のための防御魔法を展開する。
同時、全速力で駆けてきた“人影”が襲いかかってきた。
「くるぞ! かわせ!」
「はい、どうやって? 難儀な防御魔法を展開し続けているいま、この右足はどうすれば動くのでしたっけ」
「風魔法だ! 飛べ!」
リリの放った風魔法。
なんて雑で劣悪な魔法。
大気が加減なしで膨れ上がり、俺と、リリと、“人影”を散り散りにふっ飛ばした。
「……この馬鹿弟子。俺は飛べと言ったんだ。誰が爆破しろと」
「すいません黙ってください。あと指示をください。あと黙ってください、あと指示を、師匠、早く!」
「火炎魔法!」
またしても雑で劣悪。
ただ炎を発生させただけ。
その威力は申し分ないが、狙いはめちゃくちゃで、防御魔法が展開されていなければリリ自身が焼けていただろう。
「師匠、ファッキン師匠。死にそうです助けてください師匠」
「よしよし、次は雷撃魔法な」
「バーカバーカ。師匠のでべそ」
ようやく、ヒットする。
冷静さを取り戻してきたらしい。これなら行けそうだ。
そこで、“人影”の蛇のような触手が伸びてくる。
「金魔法! 切れ!」
「余裕がでてきました。もう仕留めちゃっていいですか?」
寸断される触手。
その、隙間をかいくぐるように走りだすリリ。
見た目に反して旅慣れた俊足が、怪物の懐目掛けて疾駆する。
「水魔法・」
収束していく魔力。
魔法の構築は乱雑で話にもならないが、その魔力量と質だけを見ればリリは極上だ。
空中に発散していく無駄な魔力が実に惜しい。
しかし、失って余りある魔力が、展開された魔法陣を駆け巡り、十五条の青い輝きとなって具現化する。
「“ウォーター・スピア”――ッ!!」
亜音速で大気を突き破る、15本もの水の槍。
凝縮され一点を刺し穿つ水圧は、鋭利な棘となって人影の全身を穴だらけにする。
……瞬く間に、“人影”は消滅した。
荒野の真ん中に残されたのは、肩で息をする弟子だけ。
「………………はぁ、はぁ。やってやりました師匠」
「おう、よくやったな馬鹿弟子」
「満点でしょう?」
「いいや、65点だ」
「え、どうし――――げほ、ごほごほごほッ!?」
激しく咳き込むリリ。
その周囲を守護するための防御魔法を敷いてやり、水筒を差し出す。
「最後に気を抜いて、防御魔法を忘れてたからな。65点だろう」
「……………ぐぬぬ」

+

終末時代
謎の怪物「人影」に浸食された世界
それは、真っ黒で顔のない「影」
一説には、人間の憎悪が具現化したものと言われている。
一説には、魔法を発動する代償に生まれる“影”だと言われている。
あるいは時空のひずみか、死者の影か
真実はまだ誰にも分からない
ただ確かなのは、
怖ろしい速度で、その脅威が無尽蔵に増え続けているということ。
……人影が最初に現れてからXX年。
瞬く間に、人類は終焉の時を目前としていた。

そこで、ある愚かな魔法使いはこう考えた。

“人影”の真相を暴き、
人類の終焉を回避しようと。



シャドウ・ワールド






(つづきません)