「――いえいえ。まだ、滅ぼすには早計なのではないでしょうか」
誰か、見覚えのない“何か”がそう穏やかに私を諭した。
私は怒りのままに、失意と絶望のままにこの街を捻り潰してしまおうと考えていたところだった。
だって、長い長い年月を、神棚に祀られ眠っていたら、いつの間にか村は地獄に成り代わっていたっていうのだから。
……あの日戦火に焼かれた私の村は、こんなにも醜悪な高層ビルと電線と、心ない人間ばかりの阿鼻叫喚に変えられてしまっていた。
時間という残酷な滅亡。劣化という酷薄な死病。哀しみっていう、久しく忘れていた人間らしい感情。
「………………」
涙が止まらない。
この街には私の愛した3人の侍も、その魂を受け継ぐ子孫の1人もいない。あんなにも猛々しくあんなにも誇り高かった、彼らの志はこの街にない。
……どんなに“私”が数百年かけて完成し、こうして“機構”の一部として蘇生を果たせたところで、何の意味があるだろう?
利己と卑屈と怠惰に溺れ、正しく腐った人の世の果て。
こんな世界にひとり放り出され、私はこの亜空間からの観測を強いられる。掲げた手のひらから、虹色に羽を光らせる蝶が飛び立っていく。汚らしい現世へと、この度し難い世界を見届けるために。
鱗粉の輝きを見送って、私は変わらずこの記憶の海に身を浸し続ける。ここは異界、ここにある記憶全てが私の一部。
――――私の名前は“冥鬼の扉”。
幾百万の死者を封じる、黄泉の国へと続く大門。
/-no side in our life-