郵便屋ヴァイスは魔法が使えない

 賞金稼ぎレヴィンは、賞金稼ぎである。
 攻撃的な容姿をしている。隻眼を隠すバンダナ、逆立てた金髪。そして常に引きずっている重々しい鉄斧。魔物だろうが騎士だろうが一撃の元に叩き伏せるだろう。
 常に研ぎ澄まされた空気を纏っている。それも当然、彼は賞金稼ぎ――つまり、悪事を働いた指名手配犯を捕らえて金銭を稼ぐ職業に順しているのだ。
 その有り様は戦士。指名手配犯を捕らえるというが、この魔法全盛時代、それは決して容易なことでも安全なことでもない。魔法とは人間の規模を拡張し、例えば一人の人間が城を焼きつくす力を持つことも十分にあり得るという危険性を伴っている。
 それらを、戦斧の強力な一撃で引きちぎるレヴィンという男は、まさに荒々しさや暴力の権化といってもいいだろう。
 得意とする魔法は炎属性――そう、この男、粗野な容貌ではあるがただのパワーファイターではなく、魔法を操る知性も兼ね備えた魔法戦士なのだ。
 そんな彼の前に、宿敵ともいえる金長髪の男が立ちはだかった。女性のような繊細な顔立ちをした剣士・ヴァイスが、とても真剣な顔をして、言ったのだ。
「なぁレヴィン。指先に火を灯す初級魔法を教えてくれないか」
「………………」
 レヴィンの胸を、毒槍が貫いた――ような気がした。臓腑の底から血が抜ける感触。ずばり、目の前の優男の言葉が彼を脱力させたのだ。思考を巡らせる。意味が分からない。目の前の男は、わくわくとレヴィンの言葉を待っている。眉間を押さえ、満を持して、レヴィンは言葉を発したのだった。
「……5歳児でも使えるその魔法が、なんだって?」
「だから、教えれくれないか。その、指先に火を灯す魔法。だって便利だろう? 明かりになる」
 それは当然、役に立つだろう。なんたって火属性の初歩の初歩、明かりを確保するための魔法だ。明かりになるのは当然といえよう。
 だが、逆に。逆にだ。それは明かりになる以上の意味を持てないから必然的にそのように使用されているだけであって――とどのつまり、ろうそく大の火を作れた所で明かりに使う程度しか役に立たないというただそれだけの話。
「…………なんでだ? なんでできない? だって5歳児でもできるんだぞ? そんな初級魔法を、よりにもよってお前が、あの日俺を一方的にぶっ倒したお前が出来ないっていうのか?」
「ふっ。何を言っているんだレヴィン。俺を、この郵便屋ヴァイスをそんなどこかの異国の神童と同じ基準で計らないでくれ」
 悪夢だ、とレヴィンは胸中で独白した。さもありなん、5歳でその魔法を使えるのは神童どころか、隣の家のアンちゃんとリデルくんの話だ。それぞれ6歳、5歳になる。ふたりともママに教わって3日で出来るようになった。
 何も特別ではない。レヴィン自身だって5歳頃には一人でストリートチルドレンとして焚き火をするのにそれ以上の火炎魔法を使っていたし、十二分に一般教養の範囲であるだろう。よほどの田舎者か、生れつき才能のない人間ならまだしも――目の前のこの男、確か、魔法の素質は一般以上にあったはずだ。この前、雷属性の攻撃魔法を行使していたのを見たし、剣戟と雷撃を組み合わせたその魔法剣なる技に敗北したのは何かの間違いでレヴィン自身だ。
 認めたくはない。決して認めたくない事実ではあるが、しかし事実は事実として認めなくてはならない。その辺りは心得ている。生き抜くために、自身の弱点を認めなくてはならないことは、レヴィン自身がいままでの人生でよくよく理解している。
 だがしかし――だからこそ、一度は完敗した相手に、5歳児でもできる魔法の方法を聞かれるこの現実。皮肉に残酷にレヴィンの心を責め立てる。目の前の宿敵ライバルの成長のためにも、ここは、谷底に突き落としてやる過程が必要だ。だから、レヴィンの回答は決まりきっていた。
「辞書《ジショ》れカス」
「辛辣な。どうして教えてくれないんだ。表へ出ろレヴィン、決着をつけてやる」
「望むところだぜこのバケモノ剣士。今日こそその、なんだ、郵便屋? 嘘臭ぇお花畑職業を撤回させてやんぜ」
「おい賞金稼ぎ。いま、俺の生業に、人の心と心を繋ぐ仕事《ゆうびんや》にケチをつけたか。いいだろうやってやる。通信講座で覚えた俺の雷撃魔法ボルテックスを甘く見るな!」
「いいかげん、どこの私兵なのか騎士なのか白状しやがれ! てめぇ、剣技が鬼すぎんだよ! 何が自営の郵便屋だこのクソッタレが! んなわけあるかぁ!」
 ――かくして、何度目かになる郵便屋との決闘が始まったのだが……。
 音よりも速く剣を振るう、目の前の、郵便屋を名乗る何者か。外れた剣が岩を粉砕し、衝撃波を振りまいた。まさに鬼人。次元違いの絶技はレヴィンを絶句させた。
「…………くそ……」
 レヴィンは歯噛みする。数多の犯罪者を捕らえてきた賞金稼ぎレヴィンが、何故、たかだか郵便屋なぞに苦戦を強いられねばならないのか。
「負けられない……! 郵便屋は、人の心と心を繋ぐ仕事なんだぁああ――ッ!」
 意味、不明。