暇潰しの夜

カビキラー

「カビキラー飲んだら幸せになれるという噂がですね」
「ない。絶対ないから」
 僕はぱらぱらとジャンプのページを捲りながら、耳元に不穏な囁きを聞いていた。
 発言者の名前は灰崎ヒカリ。
 なんてことはないユーレイである。
「交差点の真ん中で逆立ちして、4tトラックとぶつかれば異世界への扉が開かれるとかなんとか」
「そいつはすげぇや。もうちょい平和的なの、ない?」
「平和的ですか……では、」
 ぱらり。
 ぎらーん。灰崎の両目が真摯に邪悪に輝いた。
 暴風を纏って主張する。
「溶鉱炉にクレーン使って足下からずぶずぶ沈んでゆく先輩のナイススマイル! もちろん尖ったグラサンかけて、去り際には親指立てて『I'll be back』! これです! これこそが絶対に大正解だと思うのですぅううっ!」
「――ッ!?」
 ぱらり。
 僕は愕然とした。
 あれ? toLOVEるが見付からない。どういうこと?
「……あの。聞いてます? 先輩」
「全然。そんなことより灰崎、大事件だ」
「toLOVEるなら、ずっと前に終わりましたよ」
 なんてことだ。
 時代の流れについていけない。
 世間の冷酷さに絶望しながら、僕は静かに雑誌を閉じた。
「で、灰崎。カビキラーだの交差点だのターミネーターだの、一体何の話だったっけ」
「はい、この世でもっとも安楽な死に方談義でしたよ。先輩は老衰をご所望でしたが、私としてはいまいち華やかさに欠ける気がしたので、代案を提案している次第です」
「そ。じゃ続けて。君の発想に期待してるよ」
「お任せを!」
 しゃららんと楽しそうに星を纏う灰崎ヒカリ。
 次々と吐き出される素敵(自称)な何か。
 そのお喋りな横顔を観察しながら、僕は次の流行は果たしてなんだろうかと思索する。

 死ね死ね萌えとか……いや、ないない。有り得ない。