灯籠
日付を数えるのは意味がないからやめた。
永い時間。この薄暗い部屋に閉じ籠もるようになってから、本当に長い時間が経過した。
私はいわゆるニートというやつだった。社会のクズ。ひとの底辺。女でニートなんて珍
しいと思われるかも知れないが、実際はそうでもない。当然だろう、人類の人口のほぼ半
分は女性で占められているのだから。
ガリガリに痩せ細った自分の手首を見ていると、とても自虐的な笑いが浮かぶ。高校生
の頃は肥満でもなかったが痩せすぎというわけでもなく、真っ当に恋愛ごっこなんかして
輝かしい青春を謳歌したものだ。
授業をサボって彼氏らしき少年と一緒に公園でダラダラ過ごす日々。初めてすった煙草
はとても苦くて、「まるで人生のようだ」なんて何も知らないクセに悟ったような感想を
抱いたのを覚えている。
何か物足りない。けれど、実際はこれ以上ないほど幸福だった世界。友達がいて、恋人
がいて、ちょっと口うるさいけど大好きな両親がいて。
あの頃は、こんな世界がずっと続くのだと理由もなく確信していた。そう、あの頃は実
はとても幸せだったんだと、最近になって思い知らされた。
薄暗い部屋。日に日に堆積していく怠惰の澱。鳴らない電話。ほこり臭い空気。
鏡を見れば、あの頃の面影すらなくしてしまった私がいて。この部屋には出口など無い。
暖かい日が差し込む窓もなくて、いつから私はこんな密閉空間に閉じ込められてしまった
のだろうと考える。
思い出せない。何も。思い出したくもない。きっとろくな理由じゃない。
くだらない幼稚さと感情論に後押しされた馬鹿な未来予想図、そんなくだらない玩具の
ために犠牲にしてしまった多くの幸福。私はその重みに耐えきれずに潰れてしまった。そ
れだけだ。
底のない憂鬱が胸の奥に注がれていく。少しずつ、少しずつ。それはいつしか絶望に変
わり、衝動に変わり、私自身を喰い殺してくれるのだろうか。
それもいい。永遠にこんな場所で、1人ぼっちでいるくらいなら死んだ方がマシだ。
「……」
ふと、机の上に置かれていた1つの小さな『箱』が目に入った。
最低限の筋力さえ失い、ガクガクと震える手でその箱を掴み、中身を一本だけ取り出し
て口に銜える。幸いなことにライターも箱の中に眠っていた。シュボ、と火をつけて吸い
込むと、いつか愛した幸福の味がした。
「苦い……なんか、まるで人生みたいだね」
その舌を撫でる不快さすら嬉しくて、私は静かに眼を閉じた。
脳裏を過ぎるあの公園。笑顔。くだらない話。ああ、いつもいつも楽しそうに何を話し
てたんだっけな。夕暮れ、夜、帰り道──また、明日。
「……っ」
気が付けば私は泣いていた。ドラマで見るような綺麗な涙なんかじゃない。とても醜く
て、過去の思い出しか縋るものがないような自分の卑しさが情けなくて。そんな自分がた
まらなくいやで泣いていた。
相変わらず朝の来ない日が続く。1人ぼっちの世界。この薄暗い部屋で、小さな灯りを
灯しながら。
……奇跡の夜明けを、ずっと待ち続けている。