花は枯れ


「いやー、すまんねぇ兄者。すっかりごちそうになっちゃって」
「まったくだ。とっとと帰れ」
 彼女の留守に昨夜、突然押しかけてきた妹がまったくすまなくなさそうにあやまって、靴を履く。このくそ暑いのに革のブーツにライダースジャケットなんて相変わらずイカれてる。
「ごちそうだったねぇ」
「ああ、僕の小遣いでな」
 昨晩はすき焼きとピザだった。あたまがおかしい。
 背負ったエレキギターはエピフォン。残念がら、ギブソンに手が出るほどの裕福層ではないのだ。アルバイトは頑張っているようだが、所詮バンドついでのバーガー屋ごときではまだまだ。
「ではでは義姉さんによろしく」
「あいよ」
「しかしオサレなハウスだねぇ」
「新しいからな」
個人情報保護のため物件詳細は明かせないが、築五年の物件をこの価格で借りられたのはひとえに、恋人が賃貸関係の仕事に従事しているからだ。
数多の物件を仕事で流しながらこだわり抜いた、彼女の渾身の一撃である。
傘を引っ掴み、玄関を開けたところで妹が立ち止まる。
「あーー兄者。花が枯れかけてるよ、花が」
下駄箱の上の花瓶を指さして言う。赤い薔薇は萎れ、控えめな名も知らない白い花だけが元気だった。
「やっぱ造花に限りますなー。生花も、もらった時は嬉しいんだけどね。なんてか、もらった時だけ?」
「ーーーー」
華々しいパーティーの記憶が蘇る。彼女の泣き顔も、妹の泣き顔も、花をくれた友人たちの顔も。
あの一夜から、花が枯れるほどの時間が経ったのだ。それは儚くも鮮やかに、時の流れを感じさせる。
「いやーーーそうでもないさ。やはり造花は生花には敵わない」
「えー、そうかな。最近のは出来良いよ? 造花屋さんもがんばっている」
「それは認める。でも、どんなに出来が良くても、だ」
そもそもーー造花と生花では、意味も在り方も根底から異なるのだろう。
どちらがいいとか悪いとか、優劣だとかいう話ではないのだが。
「ま、お前もいつか、花をもらう日が来れば分かるよ」
はじめは抱えきれないくらいの花束だった。それが、1本ずつ枯れていく花を間引いて、日に日に小さくなっていく。いつしかこんな小さな花瓶に収まるまでになった。
大きすぎる喜びが、きちんとこの手の中に収まるサイズに落ち着いたように。
「そうかなー。ずっとずっと大きくて綺麗なままがいいけどなー」
あどけない子供のような顔をして妹が言う。それは決して間違いではないけれど。

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