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魔法使いと錬金術師~Reflection Star Light~

■──想起・幻想──プレリュード
 いつものように、彼女と一緒に図書室での時間を過ごす。
 普段どおりの話題の種に、少しおかしいような肥料の注ぎ方をして、気がつけば謎の植物が大成長。
 そんな当たり前の時間もたけなわとなった頃、私の目の前で話す彼女がついと視線をあらぬ方向へ向けてしばらく微動だにしなくなった。
 雰囲気的には、猫がよくやる虚空を見つめる仕草そのものである。
 よく観察してみると、彼女は次第に目を細め、視線をふいとそらした。
 そうして、いつもながら唐突に言うのだ。

「白夢、明日は朝から一日暇かしら?」

 そんな問いかけをする彼女の顔は、とても楽しそうに笑っていた。


■──追憶・残光──■■■■
 私には、少し変わった友人がいる。
 この大学に入ってから知り合った、金髪、碧眼、極彩色の彼女。
 名前は、リィリア・フローズン・風夏。
 下の名前は嫌いらしく、リィリアと呼んでと言われて以来、それ以外の呼び方をしたことがない。
 腰までの金髪に、いつも大判のケープストールをゆったりと纏って、自らを"現存する最強の魔法使い"だと自称する、少し変わった友人だ。
 だけれど、彼女と一緒にいることで、少し不思議な体験をすることが多いのもまた事実。
 私が通う、神仙付属大学に入学した初日に出会い、そして今日に至るまで交流が続いている。
 そんなリィリアは私、朔夜白夢のことを──"現存する最古の錬金術師"と呼ぶのだ。
  

■──探訪・星光──リィリア・フローズン・風夏
 時折立ち止まり、世界を視ては歩みを再開する。
 後ろを確認すれば、黒のスカート、白のブラウス、艷やかな黒髪にリボン付きの白の布帽子、黒のタイと……どこをどうすれば此処までモノクロームに決められるのかという友人、朔夜白夢がついてきている。
 名は体をあらわすというか、朔の夜なのか、白昼の夢なのか、なんとも判断つきづらい。
 あるいは──それは彼女の存在そのものすら表しているのかもしれない。
 それはさておき、なんとなく感じただけの"それ"を探す、二人きりの小さく素敵な探索行は、やがて閑散とした住宅街の一角に佇む、町並みとまるで噛み合わない不思議な建物へとたどり着いたのよ。
「リィリア、此処なの?」
「そうみたいね、これはなかなか面白いものに遭遇したわ」
 こちらから見る限りの佇まいは、二階建ての木組み石造りの建物。
 建築様式を言うならドイツやヨーロッパといったところでしょうけれど、要所要所の特徴が異なっているのは、見る人が"見れるのなら"気づいたでしょうね。
 惜しむらくは、その素養がある人間などそうそう居らず、今まさに見れる人間にはそうした建築の知識があまりないということだけれど……。
「ねぇ、リィリア。この建物明らかにおかしいと思うんだけど、なんで周りの人誰も気にしてないのかな?」
「目に見えるものが、等しく万人に同じように見えているというのなら、世界はもっと単純で済んだでしょうね」
「デカルト? やめてよね、そこを疑ったらきりがないわ」
 やれやれ、とばかりに手をひらひらさせて見せる白夢に、少しだけ笑ってしまう。
 科学の信徒としては避けることができないであろう、"同じものを視ていても、それが同じに見えているという証明はできない"という事実を、この子は人との交わりのためにあえて封じてみせるのだ。
「まあ、そういうことにしておきましょうか。ほら、行くわよ。賢くて未熟で弱くて、だから愛しい私の友たる錬金術師」
「何よそれ……」
 呆れたように、あるいは照れているのか、それをごまかすように私より先に前に出た白夢は、その建物のドアの前にたち、恐る恐るノブを回す。
 きぃ、と蝶番の軋む音とともに開かれた扉の奥から、弦楽器の音色とともに朗々とした語り口の物語が流れてきた。

■──放心・夢現──朔夜白夢
 トンネルを抜けたら、そこは雪国だった。
 そんな有名な小説の光景を思い浮かべて、一度はそんな旅がしてみたいと思ったこともないではない。
 けど、これはちょっと予想外だわ。
 後ろからリィリアに促されてそのまま店内へと入るけれど、これは入って大丈夫なのかしら?
「なにかの撮影なら、入ったらまずいんじゃ……?」
「大丈夫よ。此処はそんな場所じゃないわ……」
 まるで、目の前の異質な世界を理解したかのように、リィリアは店の奥へと進んでいく。
 長いうさぎのみみをつけた大柄な、けれど美人な女性。
 その隣では兜をかぶったままの、子供ぐらいの人が大きな木製のジョッキでお酒を煽っている……ドワーフ、というやつだろうか?
 また別のテーブルに目を向ければ、魔法使い風の帽子をかぶり腰に剣をさした女性と、狐のような耳にふさふさの尻尾を持った赤と黒のコートを着こなした獣人女性が隣り合わせに座って楽しそうに語らっている。
 ただ、その距離のとり方は友人以上、恋人未満というひどく微妙なふうに見えた。
 やや中央寄りのテーブルには、白髪に白スーツの人物……アルビノにしては平然としているし、やはり何かの集まりなのではないだろうか?
 カウンターへと視線を向けると、艷やかな虹のようなシルバーブロンドの髪の女性と、そのとなりに並ぶ銅色の髪の男性。
 どこからどう視ても俳優とか、モデルとか、そういった美しさそのものをを削り出して作られたような二人までいる。
 間違いないわね、あれがこのシーンの主役だわ、私は詳しいんだ。
 まるでよくあるファンタジー小説の異世界のような有様の店内は、まるでそれが当たり前であるとでも言うかのように話し声に笑い声がまざるにぎやかな場所だった。
 出ようか? と問いかけようと振り向いたとき、私は正直信じられないものを目にした。
 いつも余裕綽々で意味深な笑みを浮かべている彼女が、まるで懐かしい景色でも見るかのように目を細めて柔らかに笑っていたのだ。
「ど、どうしたのリィリア?」
「別にどうもしないわよ。ただ、懐かしかっただけ」
「懐かしい?」
 私の二つ目の問いかけに、彼女はそっと頷く。
 一体何があったのかと問いかけようとするのを、穏やかな声が遮った。
「レストラン《フミュー》へようこそ。二名様でよろしいでしょうか?」
「え? あ……えっと」
「ええ、二人よ。できれば……そうね、煙草は吸わないから、あまり煙の来ない、店内を見渡せる席をお願いできるかしら?」
店であれば、店員が要るということを完全に失念していて咄嗟に対応できなかった私のあとを、さらりとリィリアが引き継いだ。
「かしこまりました。それでは、お二階のほうへご案内致します」
 彼はレジの傍らに置いてあったメニュー書きをひょいと取ると、そのまま二階への階段へと私達をいざなう。
 木造りの階段は、三人分の体重を受け止めてわずかに軋む音をたて、けれどその音はすぐさま店の喧騒でかき消されていった。
 店内の二階は中央が吹き抜けになっていて、外が見える窓側の席と、店を見下ろせる吹き抜け側の席に分かれている。
「どうぞ、こちらのお席へ」
 案内されたのは吹き抜け側のテーブル席で、そこに二人して腰掛ける。
「ご注文はお近くを通りかかった店員を呼び止めてお願い致します。では、良い時間を」
 優雅に一礼し、店員さんは下がっていった。
 階下の話し声をBGMにしながら、紙で束ねられたメニューを開いてみると、以外なことにそこに書かれているのは私の母語だった。
 どういうことだろうと視線をあげると、目の前ではリィリアがメニューの文字を指でなぞっては、また懐かしいものを見るような目をしていた。
「ねぇ……リィリアには、そのメニューの文字、どんな文字に見えてるの?」
 なんとなく投げかけた問いに、リィリアは一瞬驚いたように顔を上げ、そして……今までに見たこともないような表情で小さく笑ったのだ。
「まるで、私と貴女で見ているものが異なっているみたいな物言いね?」
「……まぁ、非現実的とはおもうけど」
 でも、そういうことにでもしないと彼女の反応が説明できない。
 そういう反応が起きたのだから、そこには必ず原因があるはずなのだ。
 彼女が、私をからかっているのでもない限りは、だが……。
「この店のメニューはね、見る人の母語で表記されるの。そういう魔法がかかっている」
「リィリアの母語って?」
 私の問いに、彼女は少しだけ困ったような表情で反応を詰まらせる。
 答えるのが難しいのか、あるいは答えたくないのか、多分どちらも等しく内包されているのだろう。
 だからこそ、この話は切り上げてしまったほうがいい。
「とりあえずなにか頼んじゃいましょう。リィリアが朝早くからって言うから朝ごはんもまだなんだもの」
「そうね、それじゃあ……食事と会話を楽しむとしましょうか」

■──交錯・星明──リィリア・フローズン・風夏
 おおよそ、彼女の世界の常識からはありえない料理のリスト。
 それこそ、サラマンダーだとか、ノックラビットだとか、スプリントボアだとか、メニューにならぶ素材の名前は少なくとも今の時代にも、私達の世界にも見当たらないようなものが並んでいる。
 白夢は、コンセプト系のお店としては相当気合が入っているわよね、なんて言っていた。
 まあ、そういうふうに楽しんでもらえるのならそれはそれでいいのかもしれないわね。
 此処ではない場所、今ではない時が交錯する、此処はそういう場所なのでしょう。
 私の目で見た時、それはもう因果の繋がり方がしっちゃかめっちゃかで、これでよく存在を保っていられるものだと驚いたぐらいにひどかったわ。
 限りなく危ういバランスで成り立っている、不思議な異世界レストラン《フミュー》。
 ちょっと風変わりな女子大生二人が迷い込むには、なるほどよいトピックなのでしょうね。
 結局の所白夢は無難そうな《エウリュアレ村名物シチュー》を、私は《サラマンダー肉の香味焼き》を頼み、しばらく店の中を観察することにする。
「ねえねえリィリア、あそこ見て。折れた剣がディスプレイしてあるわよ」
 彼女の示す方へと目をやれば、確かに──柄の長さからして、おそらく中程で──折れた剣が壁に飾られている。
 柄のすぐ手前まで刃こぼれしているようで、それが激戦をくぐり抜けてきた来歴を持つ品なのだろうということを感じさせる。
 あいにくと、そうした来歴を知るのはおそらく店主ぐらいなのでしょうけれど、話を聞くにはいささか忙しそうね。
「きっと、曰く付きの剣ね。店主のものだったりするのかもしれないわ。そして彼はこう語るのよ、『私も昔は名うての冒険者でしたが、膝に矢を受けてしまいまして』って」
「なにそれ? なにかの比喩表現?」
「プロポーズされたって意味らしいわよ、聞いた話だから真偽はわからないけどね?」
「なるほど、名うての冒険者も彼女の放った恋の矢には敵わなかった的な?」
「そうそう、恋する乙女はいつの時代も強いのよ」
 いつもの与太とは少し違う、なんというか今の時代を生きる人の普通の会話。
 そんな物をしている自分に少し驚く。
 場所が珍しいから、その分自分が釣り合いを取ろうとでもしているかのよう。
 そんな話をしていたら、先程階下で見かけた魔法使い風の姿に剣を下げた女性と、赤と黒のコートを着こなした獣人女性が揃ってやってきた。
 時折店内にディスプレイされたものの前で立ち止まっては何かを話していたようだけれど……。
「お二人さん、あの剣が気になるの?」
 不意に話しかけられたことに、白夢はちょっと驚いていた。
 なんとなく、この人とは親しいものを感じるけれど、何かしらねこの感覚は……。
「リーシア、この剣はどんな来歴なのかしら?」
「アラクネはそういう話聞くの好きだったっけ?」
「興味深いっていうだけよ。あなたの能力ならそういう来歴も知り放題でしょう?」
 アラクネと呼ばれた女性が、まさに今私達が話題にしていた剣を指差して隣の女性に問いかける。
 その二人の流れに、思わず私達の意識が向いたわ。
「まあ、構わないけどね。……ふむ、あの剣の持ち主は、アルバート・テイラーという剣士だったみたいね。剣にこだわりはなく、傷めば街で新しいものを調達する、そんな人だったみたい。この剣も、街で引き受けた魔獣退治の前に用立てた特に変哲もない一振りね」
 なんともロマンのないことを語りだしたわね……。
「でも、魔獣退治は失敗に終わるわ。依頼人が持っていた情報は、魔獣退治をする上で必要十分といえるものではなかったの。辛うじて死は免れたものの、アルバート・テイラーは道を見失い疲労困憊、やがれて行き倒れたわ」
 なんとも……ロマンがない。
 そう思った矢先、店のドアが開いて新たに一人の人物がやってきた。
 全身傷だらけに泥だらけ、フラフラと店のカウンター前あたりに来たところでばたりと倒れ伏し、その様子に気づいた店員が慌てて駆け寄っている。
 まさに今隣のリーシアという女性が語るような話であるが、彼女は階下のその様子を見て困ったように笑ったあと、話を続ける。
「やがて彼はすっかり暗くなり闇に満たされようとした森の中に一つの扉を見つけるわ。例えそれが黄泉への扉であろうと、これ以上ひどいことなどありはすまい。そう思って彼は扉に手をかける、その扉は不思議な場所へと通じていたわ」
 まるでその剣の来歴を事細かに知っているかのように、リーシアという女性は語りを続け、白夢はそれをふんふんと聞いていた。
 おそらく白夢は、リーシアの即興の創作物語とでも思っているのだろうけれど、なるほど……これはまた……。
 階下では行き倒れた冒険者が店員に助けられ傷の手当を受けていた。
 ──その傍らに、折れた剣が転がっている。
「彼、アルバート・テイラーが迷い込んだのは……このお店。そして、彼は命を救われたことと食事に寝床のお礼に、何でもすると申し出る。店主が代金の変わりにと要求したのが、この折れた剣ということ。そして……彼が、アルバート・テイラーよ」
「「……は?」」
 リーシアが階下で手当を受けている男性を指し示すと、白夢とアラクネの二人から同時に疑問符があがる。
 すでに此処に剣があるのに、なぜ今目の前で迷い込んできた人がその当人なのか。
 そんな疑問を投げかけるよりも前に、行き倒れの冒険者は店の奥へと連れて行かれてしまった。
「リーシア、今の話は……本当なの?」
「私はあなたには嘘つかないってば。そこの魔法使いさんも、信じてくれるわよね?」
 リーシアと呼ばれた女性は、さらりと私を魔法使いと呼び話を振ってくる。
 彼女が魔法使いと呼ばれるのはわかる、だが私を指して知らない人が魔法使いと呼ぶことはないでしょうね……。
「リーシアさんだったかしら? あなた、何者?」
「さぁ、どこかですれ違った誰かかもしれないわよ? という冗談は置いといて、私は目が見えすぎるぐらい良くてね?」
 そんなことを言って彼女は自分の目を指し示す。
 魔眼の類、かしらね?
「そう……ま、このお店ならそういう事もあるんでしょうね」
「そうそう、そういうこと」
 なんとなく釈然としない様子の白夢は首を傾げて私に視線を向け、アラクネはとりあえず仕方ないかと次の展示品へとリーシアを促す。
 お互いに小さく手を振り、この出会いは別れへと移り変わった。

■──交錯・陽光──朔夜白夢
 昼食時になり、追加の注文をリィリアと一緒に選んでいた頃、大きな衝撃とともにお店の一角が吹き飛んだ。
 それと同時に、階下から何か白いものが飛び上がり直ぐ側に着地する。
 何事かとおもうよりも早くリィリアが私の前に出て様子を伺っていて、私はそんな彼女の後ろから階下を伺ってみると、高齢者マークのついた白い車がその車体を店の中心に飾っているという、なんともな有様になっていた。
 何人かは巻き込まれたのか怪我をしていたりするが……あれ、そういえばあの場所って白いスーツのアルビノみたいな人がいた場所じゃ……。
 そう思って、先程階下から飛び上がってきた白いなにかを思い出す振り向くと、そこにはまさに安否を伺っていた人が懐に手を入れたまま階下を伺っていた。
「あれは免許を取り上げたほうがいいんじゃないかしらね?」
 アクセルとブレーキを踏み間違えて店内に突っ込むのを通り越して、もはやプロモーションのごとく店内にその全身を入れてしまった車を前に、リィリアは呆れた様子だが、私は割とそれどころじゃなかったりする。
 後ろの人、気配が怖い。
 ちょっとリィリアの服を引っ張ってこちらに気づいてほしいけれど、それに気づいたであろうリィリアは、心配する必要はないとすぐに視線を階下に戻して、少し手を貸してくるとそのまま下へ降りていってしまった。
 あの……すごく居づらいんですが……。
 やがて車の中から出てきたのは、気が動転している様子のおじいさんで、それを見てすぐそばにいた白スーツの男性は興味をなくしたかのように警戒体制のようなものを解除した。
 そんな彼は私が警戒しているのに気づいたのか、まとっていた気配をさっと変えて爽やか美男子微笑を披露してみせる。
 ……このタイプは、意識してやれるタイプかな?
「驚かせてしまってすまない」
「あ、いえ……無事で何よりです」
「見知らぬ人の安否を気遣ってくれるとは、君は天使かな?」
 さらっとこういうセリフを言えちゃうってことは、やっぱりそういうタイプなのか……。
 というかさっきの身のこなしと気配といい、カタギじゃなさそう。
「だが、ぼくは追われる身でね。申し訳ないがそろそろ行かなくてはならない、せめてこの出会いを記憶にとどめておこう」
「ええ、では、お互いに名前は聞かないでおきましょう。どうぞお気をつけて」
「あなたの未来に、白金のような輝きがあらんことを」
 そう言うと彼は直ぐ側の窓から颯爽と……いやいや、そこ二階!? と突っ込むよりも早く彼の姿は窓の外の景色に消えていった。
 なにかのエージェントみたいな役設定だったのかな?

「ね、なんともなかったでしょう?」
 少ししてどこ吹く風といった様子で戻ってきたリィリアは、何事もなかったかのように席に腰を下ろす。
 気づけば階下の騒ぎは収束しており、すでに新しい乾杯の声が聞こえていた。
 どこか釈然としないのだけれど、リィリアの「いちいち気にしてたらだめよ」という言葉にしぶしぶ腰を下ろす。
 そんな中、再び階下が何やらざわつき出した。
 なんだろうと覗いてみると、艷やかな虹色のシルバーブロンドの女性のとなりの、銅色の髪の男性が中心らしい。
「ちょっとしたトラブルこそあったが、大怪我をした人もいなくて無事済んだ。水を差されたままでは興ざめだ、皆に一杯、なんでも俺が奢ろう!」
 そんな宣言をしてエールのなみなみと注がれたジョッキを掲げている。
 そんな彼の声に合わせて歓声があがり、次々に高い酒を注文する声が上がった。
「うわぁ、映画のワンシーンみたい」
「隣の女性が変にくっついてないのが嫌味がなくていいわね」
「このあとあの二人を狙う組織の連中がお店にやってきて、お店の皆がそいつらを足止めしてる間に裏口から逃げてくのよきっと」
 どこかで見た映画を思い出しながらそんなことを言うと、リィリアはくっくっと笑いながら「あの二人ならたしかに似合いそうね」と同意してくれた。
 そう、きっとあの二人は世界を守る側にいる、そんな配役がよく似合うと思うのだ。
「じゃあ、そんな想像を膨らませている白夢に質問よ。あの人達から見た私達は、さてどんな配役かしら?」
 私に対してそんな質問を投げかけるリィリアは、通りがかった店員にしれっと何やらお酒をを注文する。
 そういえば、リィリアはひとつ上だからお酒飲めるんだよね……。
 こういう時の一歳差ってなんかもどかしいなぁ。
 それにしても、あの人達から見た──正しくは、あの人達を見て想像した私のイメージのあの人たちから見た──私達の配役、か。
 多分、それはお互いにないもののねだり合いなんじゃないだろうか?
 だとしたら、私の答えは……。
「そうね、薄氷一枚隔てた向こう側の危うさを何も知らず、ファンタジーに夢をはせながら安穏と日常を享受する凡人、とかじゃない?」
 でも、そんな人達が安穏と過ごしていられる、ということこそが彼らの戦いで得た報酬、みたいな……。
「なら、そう振る舞っておきなさいな」
「私達は振る舞うもなにも、そのまんまじゃない」
 私の言葉に、リィリアはグラスに口をつけながら、視線を少しだけそらした。

■──交錯・月光──リィリア・フローズン・風夏
 時折店内を歩いて回っている人から話しかけられたり、白夢のお願いに答えてみたりして過ごしている。
 ちなみに直近は、なにかそこそこ珍しくてお値段張って、私の飲めそうな飲み物ない? という問いかけだったので、コピ・ルアクをおすすめしてみたら意外と気に入った様子。
 私はといえば──とても、懐かしい味に再開したわ。
 もう二度と味わうことはできないだろうと思っていた、故郷の味に。
「そろそろ夕食の頃合いだけれど、白夢はなにか食べたいものは決まったのかしら?」
「まぁ、決まったけど……私達、一日この店にいるわよね」
「今日は一日、私に付き合うって約束でしょう? せっかくの夕餉だし、豪勢にいきましょう」
 ディナーコースを二人分、食べたい料理を追加で頼み、テーブルの上をいっぱいにして閉店までと、そんなプランを提案してみる。
 どれだけ食べるのよと呆れ顔の白夢は、それでも楽しそうだった。

 ノックラビットのシチュー、ハグドポプトのフライ、スプリントボアのワイルドハム、シリンジレンジのシャーベット、マグガプキンのポタージュスープ、ゴレム園のとれとれサラダ、モーバードの網焼きステーキ、ゴレム園の果実盛り合わせ、etcetc……
 テーブルの上に所狭しと並べられた食べ物の数々、女二人では少々食べきるのはむずかしそうだが……まぁ、あと四時間もあればなんとかなるでしょう。
 さて、次の話題はなんにしようかと思った矢先、またも階下から、今度は拍手が巻き起こる。
 なんだろうと二人して覗いてみれば、そこには蛍光色の毛色に大きな獣耳と尻尾をした女性が店の中央で椅子に座り、帽子を自分の前に逆さに置いてリュートをぽろりぽろりと奏でていた。
 店の人の注目が程よく集まるのを待っているのだろう、私達も少し吹き抜け側に寄って、彼女の語る詩に耳を傾けてみようと、言葉をかわさなくても同じようにしていたわ。
 
『これより語るは、此処ではない場所、今ではない時、誰でもない……人になりそこなった少女の物語』

 吟遊詩人の真似事なのか、見た目はあまりに不釣り合いでありながら、その語り口だけは熟練のそれだ。
 ぽろり、ぽろりとなるリュートの音が、どこか遠くに聞こえていた。

『神代の時代のそのまた昔、とある魔法使いたちの血族に、類まれな力を持った双子が生まれるとの託宣が下る。時を同じくして、子を身ごもった娘がいた。やがて娘は託宣どおりに双子を産み落とす。だが、類まれな力を持ったのは双子の妹だけ……だからせめて、更に強い力をつけようと、一族の魔法使いたちは知恵を絞り名を授けた────』

 詩人の語るその話には、覚えが在った。
 だが……そんなはずはない。

『双子の妹に、魔法使いたちは名を授ける。だが、人としての名でないそれは、幼子を人の外へとはじき出した。魔法と化してしまった妹は、この世の外へと消え去った。魔法使いたちはそうして名前の意味を知り、姉に人としての名と、魔法に親しき名を授けた。かくて彼女は人になりそこなう──三元素を以て、四元素を屈服させし、不朽の最後の魔法使いと成り果てた。魔法使いはひとり、まだ知らぬ妹を助けるための旅をつづけるのだ────』

 まるで見てきたように語る、あの吟遊詩人は何者なのか……。
 知らず、吹き抜けを支える手すりに体重がかかり小さく軋む音がして──次の瞬間、吟遊詩人と目が合った。
 彼女は柔らかく微笑んだあと、小さく手を振り、そしてそのまま煙のように消え去った。
 ぱらぱらと拍手がまばらになり、その誰もが何も気にせずまた食事に、会話に戻る。
「どうしたのリィリア? 料理冷めちゃうわよ?」
 隣で話していた白夢が、驚きもしない。
 それこそが異常であるのだけれど……まぁ……害はない、か。
「そうね、温かいうちに食べないともったいないわよね」
 そう応えて、席に戻る。
 食事をしながら、たまに店内で起きるトラブルを眺めたり助けたり、巻き込まれたり。
 そうして、ラストオーダーが終わり、一人、また一人と店をあとにしていく。
 時折声をかけた人、かけられた人がこちらを見ては手を振って店の外へと出ていった。
 やがて店に残っていたのは私と白夢の二人だけになり、お互いに残ったドリンクを飲み干したてから、席を立つ。
「……ありがとね、白夢」
 なんとなく、私がこの店に最後まで残りたいと思っていたのを白夢は察していたようで、私の言葉に対して小さく笑って返すだけ。
 カウンターの前まで行くと、掃除の途中だった店員が手を止めて優雅にお辞儀をしてくれた。
「今日は、良い時間をお過ごしいただけたでしょうか?」
「はい、不思議なお店だし料理もすっごく凝ってて楽しかったです」
 元気に応える白夢の様子に笑顔を見せる店員の視線が、私の方へと向く。
「ええ、久しぶりに遠い昔の……忘れかけていた頃を思い出せたわ」
「それはよかった、そう言っていただけて、店主冥利に尽きるというものです」
「お代は……これで足りるかしら?」
 ポケットの中に潜ませていた、古い時代の金貨を三つほど手渡すと、店主はそれを眺めてため息を漏らす。
「これは珍しい……ウィ・ネル・タ・テリアの遺失金貨とは」
「……詳しいのね」
 隣で聞いたことのない国の名前に首を傾げつつも、なんとなく口が出しづらいのか白夢は黙ったまま、視線だけをこちらに向けている。
 手渡した金貨を仔細に眺めていた店主は、その観察に満足したのか、金貨を私の手へと戻した。
「お代はもう、十分にいただきました。これはあなたの手にあるべきもの、お返し致します。リィリア・フローズン・風夏様、朔夜白夢様、本日は異世界レストラン《フミュー》にご来店いただきありがとうございます。また……巡り合うことがありましたら、ぜひご来店ください」
 そういって彼は優雅に一礼し、扉へと私達を促す。
「じゃあ、行こうか?」
「う、うん……」
 扉の向こうは見知った街の一角で、入ったときとは違う景色……たしか、ここは白夢の家の近くじゃなかったかしら?
 そう思って振り向いてみると、白夢は扉の手前で店主の方へと向き直っていた。
「あの……本当に、本当に美味しかったし、楽しかったです! また……きっと、また来ますから!」
 白夢の言葉に、店主が小さく、けれど確かに嬉しそうに笑う。
「ええ、あなたならば、きっとまた来れます。その日を、楽しみにしております」
 深い礼に見送られ、 白夢も扉の向こうから踏み出す。
 やがて静かに閉じた扉を前に、私達は不思議な寂しさをまとっていたと思う。
「……なんだか、不思議なお店だったわね」
「そうね。私と一緒にいると、飽きないでしょう?」
 こんな私の軽口に、白夢はそうねと同意して返す。
 そんなわたしたちの背後で、ばさりと大きなものが羽ばたく音が聞こえて白夢と揃って振り返ると、今まさに私達のいた店が飛び立つところだった。
 こうしてこの店は、誰からも不思議に思われることなく場所を変え、その場所を必要とする人の元へと巡り回るのだろう。
 そんな店の店主をして、あなたならきっとまた来れると認められる隣の女性は、本当に稀有な人なのでしょうね。
 夜の空へと飛び立っていく異世界レストラン《フミュー》を手を振りながら見送る白夢、その姿が消える直前に、はてと首を傾げる。
「ねぇ、リィリア。空を飛ぶレストランって……なんかおかしくない?」
「あら、この段階で認識阻害を自力で破るなんて、さすが"現存する最古の錬金術師"だけあるわ、いい目をしているわね?」
「え? おかしくない? 普通? あれ? 変だよね? あれー?」
 中途半端に解除された認識阻害と、本来の常識との間で混乱する白夢をなだめながら、私達は帰路につくのだ。
 きっと明日は、当たり前で普通で平凡で、素敵な日が待っている。

 誰も彼もが輝きを放つ星のようで、私達はそれが交錯する世界を生きているのだから。

by ユリア・ソレイユ/紫月紫織

まずは「ふみふみ.Vol1」公開おめでとうございます。
二度目のWEB合同、無事に原稿がまにあってよかった。

魔法使いと錬金術師、のシリーズを初めて書いたのはいまからなんと9年前でした。
そんな二人に久しぶりに再開するきっかけを下さり感謝です。
当時の作品はこちらから。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=47911

今あらためて二人と一緒に物語を綴っても、やはりこの二人は好きだなぁと思います。
二人の距離感が特に好きといいますか、これも百合なんでしょうかね?
二人に互いへの恋愛感情はありませんが、互いを思う気持ちは恋人とはまた違う形で強く確かなものです。
そういう関係が好きなのかもしれません。

そして今回は自分の別作や……受け取り方次第では……というのを少し混ぜ込ませていただきました。
もしかしたら、どこか別の世界の人との開講をしていたのかもしれません。
名前は出していませんが、ひっそり楽しんでいただけましたら幸いです。

最後に、マストドンインスタンス運営のRess様。
WEB合同誌の企画・運営の飛鳥様。
一緒に創作談義をしたりしてくれる仲間たち。
そしてこのお話を読んでくださったあなたに。

ありがとうございます。

それでは、また次の物語でお会いしましょう。

私とあなたの星の光が、どこかでまた交わりますように。

2019年 9月31日 0:19分、創作工房ユグドラシルの作業端末より。
                       ユリア・ソレイユ/紫月紫織

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