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姫ともふもふとかぶクエスト ~『世界は骰子と遊戯盤』番外編~

0 はじまりは誘拐から

「お願いです!! どんな仕事でも文句は言いません!! ここで働かせて下さい!!」

「しかしねえ、アナタの場合……うーーーん……」

 詰め寄るオパール色の上等なドレスの少女。
 彼女の前に、この店の店主と思しい妖蛇族(ようだぞく)――妖精族と蛇魅族の混血の、背中にステンドグラスのような翅、そして、下半身が輝く大蛇である種族――の優雅な男性が、難しい顔で腕組みしている。

 店に一歩入って真っ先に目に入ったのがその光景だったばかりに、出くわしたジーニック、イティキラ、マイリーヤはきょとんと固まる。
ランチタイム。
 周りはこの隠れた名店「fumyu(フミュー)」のランチセットお目当ての客でごったがえしている。

「……ええと、何事でやんすかね?」

 なんか、まずいところに出くわしたでやすか、あっしら!? と目をぱちぱちさせるジーニック。
 人間族の若い男性であるが、これでもこのルゼロス王国の最上位の貴族である。

「なんかさ、あの子、えらく身なりいいけど、どこのお嬢様なんだろ? ニレッティアの貴族のお嬢様っぽいけど……そんな訳ないよねえ? 飲食店で働かせろって言ってる訳だもんなあ」

 獣の下半身に首の部分が壮美な人間少女という姿の獣佳族、イティキラがしげしげと、その騒乱の中心にいる少女を見る。
 整えられた金髪が、オパール色のきらきらした布地のドレスに映える、美しい少女である。
 年齢の頃は、十代後半にさしかかった程度か。
 横顔しか見えないが、色白で華やかな美貌、鮮やかな翡翠色の目をしている。
 足元には旅行用のトランク、その上に置かれた衣服と共布を使ったつば広の帽子。
 雰囲気やいで立ちからして、庶民ではないのは、ジーニックたちにもわかる。
 到底、「飲食店でアルバイト」などという立場にあるとは思えない、のだが。

「……ねー、なんか、あのコ、ボク見たことあるような気がするんだよね。多分、ニレッティアにいた時だったと思うんだけど、どこでだっけ?」

 マイリーヤが宝石のような妖精族特有の目をぱちぱちさせながら、じっとその娘を見詰める。
 背中に虫の翅があり、魔法と親和性が高い彼女たち妖精族は、場の「原素」を読むのにも長ける。

「……なーんか、なーんかさ、あのコの放ってる魔法原素の波長、あの……女帝様に似ているのが気になるんだけど……?」

 マイリーヤのその言葉に、ジーニック、イティキラの夫婦が顔を見合せ。

 一瞬考え込んだあと、ジーニックが意を決したように、まだ食い下がる少女の元に歩み寄り。

「あの……もしもし、失礼でやんすが」

 呼び掛けられ、はた、と少女が振り返る。
 完全に虚を突かれてきょとんとしている風だ。

「……もしかして、あなた様は、ニレッティア帝国皇女の、ワーディアミリッタ様では……」

「わー!! わーーーーーーー!!!! わーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

 サイレンのような悲鳴を上げると、ワーディアミリッタは、信じられない力を発揮して、ジーニックを引きずって店の外に飛び出す。

 あとに残されたのは、ぽかんとしているイティキラとマイリーヤ。
 そして、相変らずのざわめきにつつまれて繁盛している、レストラン「fumyu(フミュー)」。
 料理のいい匂い、コップの鳴る音。

「……最近話題の隠れ家的名店っていうから来たのにさあ……なんでこうなった……!?」

 イティキラは、納得いかない顔で、夫が引きずられていった店の外を見ているばかり。

「ワーディアミリッタ様ってまさか……でも、あの様子だと本当だよね……ええ……」

 マイリーヤはやれやれと仕事に戻る店主と店の外を見比べて。

「……とりあえず、ジーニック追っかけようか……」

「そだね……」

 大儀そうに踵を返し、少女二人、「fumyu」の扉から、裏通りに歩み出したのだった。

1 お姫様のちょっとしたヒミツ

「家出……って、ちょっと、お姫様!? そんな、ホイホイ家出しちゃ駄目でやすよ、あなたみたいなお立場の方が!? 危ないでやしょう!?」

 悲鳴みたいな声を上げたのは、ジーニック。

 裏通りの、更に細い路地である。
 放置された大きめの木箱を伏せて腰を下ろしているのは、オパール色のドレスの少女。
 ニレッティア帝国第三皇女、ワーディアミリッタ姫だ。

 彼女の目の前に、彼女を通りの視線から遮るように囲んでいるのは、人間族のジーニックの他に、彼の新妻である、獣佳族のイティキラ。
 そして、彼らとは旅の仲間であった、妖精族のマイリーヤである。
 今や世界を救う冒険の旅を終え、このルゼロス王国の貴族の地位を与えられている三人は、出身地でもある隣国ニレッティア帝国の姫君を前に、呆れて唸るしかない。

「あ、あのさあ、お姫様さあ」

 イティキラがざっくばらんな彼女らしい口調で語り掛ける。

「家族の方々に家出先は伝えてある訳? つまり、ルゼロスに渡るって……」

「伝えてないわ。でも、見当は付けられちゃうでしょうねー」

 まるで他人事のように、ワーディアミリッタは呟く。

「だって、家出の理由、私がルゼロスに農学留学したいってお母様にお伝えしたら、ならメイダルで生命工学をやった方がいいって押し付けられたからだもの。言い合って、姉さまからも説得されて、一晩よく考えて見なさい、って言われたから、その隙を狙って宮殿を出たのよ」

「出たのよって……大胆すぎるよ、ワーディアミリッタ姫様。家出してどうする気だったの!?」

 マイリーヤは宝石の瞳を白黒させる。

「あなたは、気に入ろうと気に入るまいと、一般人じゃないんだよ? 普通の女の子だって、見知らぬ土地で独りぼっちなんて危ないのに。何かあったら」

「わかってるわ。わかってるわ、危ないことなんて!!」

 ワーディアミリッタは声を跳ね上げる。

「でも、仕方ないじゃない!! あのまま宮殿にいたら、私の意思は無視されるじゃないの!! それでもいいとでも言うの!?」

 愛くるしいつぶらな目をきりきりと吊り上げて苛立ちを表現するワーディアミリッタに、三人は、これはどうも時間が必要そうだと断ずる。
 無理やり帰国させても根本的な解決にはならなそうであるし、しかし、放置すれば、ルゼロス王国とニレッティア帝国の間で外交問題化することは確実だ。
 どうにか、上手い落としどころを見つけねばなるまい。

「とにかく、あなたを放っておけないでやすよ。とりあえず、あっしらの家においでくだせえ。宮殿だと国賓ってことになってしまうでやすが、あっしらの個人的な客人ということにしてとりあえず」

「あ、それもイヤ」

 しれっとして、ワーディアミリッタは拒否した。

「それじゃ、宮殿にお世話になるのとあんまり変わらないじゃない。あなた、確か、この国で公爵になったのよね? 故国から迎えでも呼ばれたら、連れ戻されるだけじゃないの」

「ちょっとまってよ、お姫様。じゃあ、これからどうするっていうの!? その辺の普通の宿にでも泊まる訳に行かないでしょ!?」

 マイリーヤは思わず詰問する。

「私、国賓じゃなくて、普通の留学生として、自由に振舞いたいの。どっかアパートでも借りて、アルバイトしながら、ルゼロスの美味を食べ尽くすのよ!!」

 思いっ切り力を込めて宣言する、ワーディアミリッタ。
 最後のそれが主要目的とわかり、がっくりする三人組である。

「あ、あのさあ、お姫様がお姫様である時点で、そんなに簡単な話じゃねえよ!? 立場ってもんはあるんだから、そんな気安く振舞えるわけないだろ!?」

 イティキラは、世間知らずも極まったワーディアミリッタに、思わずツッコミを入れたが。

「……」

「ん、どうしたんだよ!? どっか痛いのか!?」

 急にくてっと膝の上に上体を伏せたワーディアミリッタを、イティキラは慌てて支えようとしたが。

「……おなか、すいた……」

「え?」

「……屋台でクレープ買った以外に、今日は何も食べてない……」

 ジーニック、イティキラ。マイリーヤは顔を見合せ。

「……とにかく、落ち着かせるためにも、何かお腹に入れてあげよう。さっきのレストランに戻ろうよ」

 マイリーヤの提案に、他二名は仕方ないなとうなずき。

 当のワーディアミリッタ姫は、もう動けない、とかなんとか言いながら、ずりりとイティキラの獣の背中によじ登ってきた。


2 ごはんと冒険

 かしかしかしかし……
 ごきゅごきゅごきゅごきゅ……
 わっしわっし……

 凄い勢いで、ボーダコーダのシチューを平らげていくワーディアミリッタを、マイリーヤと、ジーニック、イティキラ夫妻が感心したように眺める。
 周囲は昼時で混んでいるが、どうにか四人掛けのテーブルを確保。
 そのうち、半分くらいに、ワーディアミリッタがわがままを言って確保した料理が乗せられている。
 さっきのボーダコーダのシチューを始め、香り小麦の七種パンの盛り合わせ。
 スフェイバ風漁師鍋に、ソフィズ芋とロロボ蟹のグラタン。
 ウガント貝とベーコンとモージス茄子の冷製パスタ。
 加えてルイィ菜とラガン鳥のチーズサラダ。

「うんまーーーーーい!! 聞いていた以上だわ!!! ルゼロスのご飯、うんまーーーーーい!!!!」

 もはや姫君の慎みも忘れて、ひたすら食いまくるワーディアミリッタ姫に、ルゼロス組みの三人は、思わず感心するやら呆れるやら。

「あーーーー、確かにさあ。ルゼロスでまともな食糧が生産されるようになってからの食事、異様に美味いとは、あたいも思ったけどさーーー……」

 イティキラは、自分の分のパンをくりぬいた器にシチューを詰め込んである料理を食べるのも忘れている。

「まあねー、一般人と違って、お姫様だと、ホイホイグルメ旅行って訳にもいかないよねえ。その辺は、ボクはちょっと同情しちゃう」

 マイリーヤみたいな村娘でも、村長の娘だというだけで、うるさく言われることはあった。
 女帝の実の娘なら、どれほど周囲の目が厳しく、そして行動に制限がかかるかくらいは、想像できるというもの。

「マイリーヤちゃん、お姫様とか、周囲に聞こえるように言っちゃ駄目でやすよ!!」

 声を落として、ジーニックは仲間に忠告し、周囲をきょろきょろ見回す。
 観光ガイドにはまだ掲載されていないのか、客の大部分は地元民と思しき者たちだ。
 しかし、今やネット完備、かつ、ニレッティアにルーツを持つ移民も多く暮らしている。
 このまま振舞っていれば、早晩、ワーディアミリッタ皇女の家出は、ルゼロス、ニレッティア両国に轟いてしまうだろう。

「ふうー。食った食った」

 わざと行儀悪くしているのか、あるいは誰かの真似か。
 一通り皿を空にしたワーディアミリッタは、椅子によりかかってくてーとしている。
 その直前の、口をナプキンで拭う仕草は、まさに皇族そのもので上品なのだから、ルゼロス組はギャップに笑いをこらえる。

「おひ……ワーディアミリッタさま……さあ」

 イティキラが話しかけようと、呼び名を思案すると。

「ミリーよ。堅苦しい呼び方は嫌。ミリーって呼んで」

 ワーディアミリッタ、いや、ミリーはそう言い渡す。
 ルゼロス組の三人は、顔を見合せる。

「じゃ、じゃあ、ミリー様さあ」

「様もいらないわ。ミリー、それだけ」

 何か言いかけるイティキラにそう告げ、ミリーは紅茶で口を湿らす。

「ミリー。これから本当にどうすんだよ!? いくらルゼロスが前より治安良くなったつっても、女の子一人じゃ、やっぱ危ないよ。しばらくは、うちに泊まって……」

 その時。

 ざわりと、店内にざわめきが盛り上がる。

「あー、ご来店のお客様にお願い申し上げます。間もなく、建国一周年の祭礼が予定されております。当店でも、特別メニューの販売を予定しております」

 魔導的拡声器を使い、あの店主が店内放送を行う。
 メニューの上に掲げられた、魔導式掲示板に、見慣れない大きな蕪……らしき野菜の絵と、「求む!! 食材!!」の文字が躍る。

「メニューの名称は、『スンディーラ蕪とボーダコーダのスパイス煮込み』!! 星暦時代、この地方で流行していたメニューで、非常に美味しいと、遺跡から発見された古い記録にございます……」

 ああ、と、三人は思い当たる顔をする。
 スフェイバの遺跡には膨大な星暦時代の記録があるが、その中に、当時の地元メニューなどというものがあったのだ。
 その記録をもとに、復元されたメニュー、それを更に現代風に改良したメニューが、数多く流通している。
 三人は、それぞれ個人用通信端末をこの店の掲示板とリンクさせて、内容を読み込む。
 ミリーは、隣のマイリーヤに操作してもらい、何とか掲示板とリンクを繋げることに成功だ。

「ボーダコーダは皆様おなじみかと思いますが、問題は、こちらの珍品種の蕪、スンディーラ蕪となります。これは文字通り、スンディーラ地方にしか生育しない、特殊な蕪です」

 掲示板にルゼロス地方全体~南部山岳地帯への拡大地図が表示される。
 当然、リンクしている、四人の端末へも、同様の画像。
 カメラがスンディーラ地方の風景に切り替わる。
 深い山脈。
 山肌には様々なスパイスや香料植物、薬草薬木、特殊な野菜や平地とは違った動物たち。
 これらのお陰で、決して貧しい地方ではない、むしろ金銭的価値が高い作物が多く「黄金山脈」と呼ばれる、という説明が文字と画像とでわかりやすく流れていく。

「このスンディーラ蕪を確保し、運んでくださる方を募集しております。現在スンディーラはモンスター禍のために孤立化が……」

「これだわ!!」

 いきなり、ミリーが音を立てて立ち上がる。

「はっ!? ミ、ミリー……ちゃん、どうしたでやすか!?」

 ジーニックは目を白黒。
 ミリーは、ぐいっと優雅な腕を伸ばし、掲示板を指す。

「こういう美味しい冒険が、私の求めていたものよ!! さあ、今から行くわよ、スンディーラ!!」

「え……い、今から……って、そんな急に」

 こちらはマイリーヤも目を白黒だ。

「スンディーラ蕪を確保いただいた方にはお礼をいたします。パーティでのご参加も歓迎です。事前に受諾者登録を」

「あ、ほら、パーティ組むわよ!! あなたたちも、登録登録!!」

 有無を言わせぬ展開に、びっくりしていたジーニック、イティキラ、マイリーヤだが。

 結局、ミリーに押し切られたのだった……。


3 お姫様、冒険の旅へ!!

「……ジーニック、一体どういうことなのだ!? どうしてそうなった!?」

 テラス越しの柔らかな光差す執務室で、現ルゼロス国王であるオディラギアスは、目の前の通信映像に向けて疑問をぶつける。
 純白の鱗と翼、そして優雅な角を持つ、堂々たる龍震族である。
 父王の悪政を、先進的な魔法王国メイダルを後ろ盾にしたクーデターでひっくり返した名君。
 新たな時代を開いた彼であっても、今回の事件は困惑を隠せない代物だ。
 何せ、まともに友好的な関係を築けた隣国、ニレッティア帝国の第三皇女が突如お忍びで入国。
 おまけに何故だか、「幻の食材を探す」とかそういう目的で、オディラギアスの臣下三人、ジーニック、イティキラ、マイリーヤが連れ出されてしまった。
 どうやら最近評判の店に、お忍びで視察に出向いたのが運の尽き、だったらしい。

『ええ、まあ、ミリーちゃ……ワーディアミリッタ姫様の方とされましても、満足行くまで、ルゼロスのグルメと冒険を味わい尽くさないと、納得されないようでやして』

 モニタの向こうのジーニックの背景は、昼下がりの爽快な青空。
 混じる風の音から察するに、飛空船で、高空を飛翔してスンディーラに向かう最中なのだろうと思われる。
 飛空船の所有者は、恐らく魔力の髙い妖精族のマイリーヤ。

「ふむ。それだけ行動力のある方だと、穏便にお帰りいただくなど、今更無理であろうな。確かに、安全に配慮した上で、欲求を満たして差し上げるしかあるまい」

 なるほど、この行動力は、名君の誉れ高き母女帝、アンネリーゼから受け継いだものであろう。
 母親の治世が安定してから生まれたせいか、いかにも箱入りのお姫様で迂闊ではある。
 が、自分の目的のために邁進する熱意、計画を実現するだけの明敏さは、決して過小評価するべきではない。
 これはチャンスだな、とオディラギアスは判断する。
 上手く行けば、ニレッティア皇族の中に、熱心な親ルゼロス派を生み出すことができるかの知れないのだ。
 外交上の常として、外国に味方が多ければ多いほど良い。

『まあ、スンディーラ地方も、モンスター禍とはいえ、完全に孤立というにはほど遠いでやしょうし、あっしらなら簡単に掃除できそうでやすよ。その時に、ワーディアミリッタ姫に少し手柄を立てていただいたら、あの方も納得なさる冒険じゃないでやしょうかねえ』

 ジーニックの提案は、流石にあの過酷な冒険の旅をこなしてきただけに的確だ。
 恐らく何をするにもお姫様で、そうそう自力で何事かなすのを許してもらえなかったであろう皇女が、自力でモンスターに一太刀くれることがあれば、その感動は計り知れないものとなるであろう。
 親ルゼロス感情は揺るぎないものとなる。
 ワーディアミリッタ姫のルゼロス入りに気付いたニレッティア帝国側のメンツも潰さなくて済む。
 ルゼロス国内のちょっとした問題の解決を、ワーディアミリッタ姫に手伝ってもらったことになるのだから。
 女帝本人にせよ議会にせよ、これをあえてルゼロスとの外交問題にはすまい。

「ふむ。あいわかった。何にせよ、ワーディアミリッタ姫様のご安全は、第一に考えてくれ。その上で、ご本人様が満足の行く『体験』をご提供できればそれで良い。まあ、そなたらさえいれば、そう難しくはあるまい」

 オディラギアスが申し渡すと、ジーニックは画面の向こうで一礼する。

『このジーニック、承りやした。まあ、スンディーラ領主のイオネルト様にしても、お話は通してありやす。ご理解くださいやしたから、モンスターさえどうにかすれば』

「そうだな。そこは十分に気を付けよ。ワーディアミリッタ姫はもちろん、そなたらに何かあっても、このルゼロス王国は支えを失う」

 強い口調で告げると、ジーニックは照れ臭そうに笑い、頭を掻く。

『いやあ、陛下、大げさでやすよ。……ああ、そろそろ、スンディーラ領内でやす。また、ご連絡いたしやすので』

「ああ、イオネルトにも、重々念を押しておくゆえ、不足があれば、あれに申せ」

 ジーニックとの通信が切断される。
 オディラギアスは間をおかず、かつては自分付きの侍女であった者への通信チャンネルを開く。
 彼女は今現在、侯爵として、領地であるスンディーラの地を治めている。
 かつて同様、彼女は今でも頼りになるはずだ。


4 魔法少女ミリー

「う、わわわわわ!!」

「イティキラ!!」

「だ、大丈夫、ミリーも……ちょっと、ジーニック!?」

「お、落ちてないでやすけど、どうすりゃいいんでやすかコレ!?」

 突如操っていた飛空船が揺れ出し、マイリーヤは青ざめる。
 後ろのイティキラは、咄嗟にすぐ隣のワーディアミリッタを支える。
 イティキラがはっと振り返ると、脚を踏ん張ったセクメトに抱えられたジーニックが、荷物のようにぶら下がっているところであった。

 スンディーラ領内に入って間もなく、彼らの上空を、大きな影が覆う。
 一見すると、鳥のように見える影。
 しかし、大きさは並ではない。
 赤をベースに、極彩色の文様の入った派手この上ない羽毛。
 しかも、楔形の頭部は、二つ並んでいる。
 その頭二つが、唱和するように耳障りな鳴き声を上げると、何故か魔力に干渉が起こり、魔力を動力源及び操作デバイスとして使用する魔導機器に、深刻な不具合が起こるのだ。
 人類が直接持っている魔力にも干渉するらしく、一瞬意識が遠のいたり、頭がぼうっとしたりする。
 つまり、今や魔法王国メイダル由来の魔法機械文明によって社会が成り立っている今日、人類の生存に致命傷をもたらす恐ろしい敵なのである。

 これが、現在、スンディーラ地方にモンスター禍をもたらしている魔物。
 魔災鳥ゴフローフである。

「ずいぶん数がいる……なっ!! と!!」

 イティキラが、燦雷拳破嵐で、遠当てを行う。
 増幅された彼女の打撃は、空間を飛び越えて手近を飛行していたゴフローフの胴体にめり込む。
 翼ごと骨を砕かれて、その恐るべき鳥は絶叫と共に墜落していく。
 地面に着く前に、魔力に分解されるらしく、無数の羽毛を炎のように撒き散らして消滅していく。

 マイリーヤは、鋭く息を吐きながら、どうにか周囲の敵の数をさぐろうとするが上手く行かない。
 彼女の魔力元素への感受性は、ゴフローフの魔力干渉の異能の前にほとんど意味をなさなくなっている。
 目視した限り、ゴフローフは30~40羽以上はいそうだが、常に空中を飛行し移動しつづけるため、正確かどうかは判断できない。

頭上を通過する一際大きなゴフローフに、ジーニックが従える獅子の女神セクメトが超高温の白い炎を浴びせる。
 爆発的に燃え上がった巨鳥は、そのまま流星のような尾を引いて、深い緑に覆われた地面に向かう。
 これも、地面に着くだいぶ前に燃え尽きて魔力に還元され、塵を残して消えていく。

「あーあ、駄目よ駄目!! そんなチンタラやってたら、いつまでたっても駆除なんかできないじゃない!!」

 いつのまにか。
 ワーディアミリッタが、片手で掲げるほどの、短いステッキ状のものを手にしていた。
 いや、それは確かにステッキであろう。
 取っ手の先が、繊細なつる草のような細工のらせん状の貴金属でできており、その中に抱え込まれるように、マーキーズカットの宝珠が収められている。
 一目見て、かつては「地球」の「現代日本」で暮らしていたジーニック、イティキラ、マイリーヤからすると、懐かしさを覚えるフォルム。
 その地で人気だった、少女が魔法を使って困難に立ち向かうというジャンルのテレビアニメ群で、それに類するであろう魔法のアイテムを何度も見かけたものだ。

「ふふふ!! 私の魔導武器、『祝祭のステッキ』!! 今ぞ、真価を示す時が来た!!」

 ワーディアミリッタは、ステッキを高々と掲げる。
 まばゆい光がシャンパンの泡のように飛び散り、周囲に広がっていく。
 くるくるくる。
 ステッキを掲げて彼女が躍る。

「楽しめる神々よ、いざ祝え!! 輝く世界はカーニバル!!」

 途端に、空中に無数のシャボン玉のような球状の光があふれる。
 それが触れるや否や、あれほど自在に飛び回っていた無数のゴフローフが、一瞬で巨大な風船に変じる。
 見間違いではない。
 お祭り屋台で扱っているような、あの鮮やかな色彩のつるっとした風船に変じてしまったのだ。
 魔力干渉がいきなり消滅する。
 次いで、ワーディアミリッタが大きくステッキを振ると、それぞれの風船の上に、特大の「お星さま」が落下してくる。
 まるでゲームの一場面のようなその特大お星さまにぶつかると、やけに可愛い音と共に、元ゴフローフの風船が破裂する。
 フザけたゲーム画面のような周囲からは、きらきらひかるシャボン玉以外に何もない。

「はいっ!! おーわりっ!!」

 ワーディアミリッタがくるりと小さくステッキを回転させる。
 ぽぽんと軽い音を立てて、シャボン玉状の光が消滅する。
 後には、スンディーラ地方の、澄んだ青い空が広がるばかり。

「ええ……なにこれ、フザけてるけど、スゴイ……」

 マイリーヤは全く初めて見る戦い方に、目を白黒。

「この戦闘力があっから、家出しても強気だったんだな……なっ、なるほど……」

 マイリーヤは、相変らず当たり前のように背中に乗ってくるワーディアミリッタに抗議する気にもならず。

「ええと、解決しちゃったでやすね……あ~~~、この後は……」

 つまらなそうにあくびしているセクメトを従えて、ジーニックは手順を思い出そうとする。

「ま……フツウにイオネルトさんとこに挨拶して、蕪売ってもらえばいいんでねえの? スパイス煮込みがどこかで食べられるなら食べてみればいいし」

 彼の妻のイティキラが、呆けたように返す。

「そうでやすね……」

「じゃ、出発するね……」

 マイリーヤが飛空船を操り出し、優雅な船は、緑成す山肌の王宮に向けてまっしぐらに飛んでいった。


5 蕪入りカレーうめぇ

「皆様、ようこそスンディーラにおいでくださいました。ここの領主を務めております、イオネルト・クンローツ・マヴィーラヴァー侯爵にございます。おいでいただいて早々、モンスターを始末いただいたこと、感謝に耐えません」

 鮮やかなコバルトブルーに銀色のきらめく雲模様を帯びた龍震族の女性が、玉座の上から丁寧にあいさつする。
 壮麗な宝飾品で全身を飾った彼女は、天空の女神のようだ。
 風変わりな冠は角の間にそそり立ち、宮殿の天窓からの光を受けて星のように輝く。
 目を引く神秘的な紋様の刻まれた腕輪や足輪が、その権威を称揚している。
 古くからオディラギアスに仕えてきた侍女であり、最後までオディラギアスを支え続けた功績を称えられて、侍女から一気に高位貴族、特に富裕な地方の領主に任命された女性。
 オディラギアスが本拠に帰るたびに世話になり、ジーニック、イティキラ、マイリーヤは良く知る顔である。

 深い山地の一角、清浄な森に囲まれた宮殿。
 これも、少し前までは、霊宝族の遺した恐るべき遺跡として、この山地一帯を恐怖に包んでいたものだ。
 しかし、今は古雅な様式が美しい宮殿であり、少し標高が下がった場所に、平和な集落を抱えている。
 山地のあちこちに点在する村や街は、希少な山の恵みを元に栄える、独特の風情ある都市である。
 スンディーラ山地が生み出す特殊な作物がどれほどの富をもたらすかは、まるで古の神王のようなイオネルトのいで立ちだけで、十分にうかがえるというものだ。

「いやあ、イオネルト様。お礼は、こちらのワーディアミリッタ様に言ってあげてよ。一瞬で魔物の群れやっつけちゃってさ。ボク、ビックリしたよ」

 マイリーヤが促すと、イオネルトはドヤ顔のワーディアミリッタに丁寧に頭を下げる。

「お噂はかねがね。栄えあるニレッティア帝国第三王女、ワーディアミリッタ様、心より歓迎とお礼を」

 と、ワーディアミリッタが、大きくうなずき、いきなり目を輝かせる。

「堅苦しいご挨拶はけっこうですわ、侯爵様。それより!! こちらの珍味、スンディーラ蕪とボーダコーダのスパイス煮込みをご馳走になりたいのですけれどっ!?」

 爛々と目を輝かせるワーディアミリッタに、イオネルトはくすくす笑う。

「ええ、そちらが御所望とのこと、用意させていただきましたわ。少し辛みが強いのと、ボーダコーダではなく、こちらの地方の名産、カイディン鹿の肉を使わしていただいたことに承諾いただければ」

 スンディーラ蕪の豊かな風味、カイディン鹿の甘味が相まって、素晴らしい味なのです、とイオネルトが説明すれば、ワーディアミリッタの顎がかくんと落ちる。

「……魔物とかどうでもよくて、これが欲しかったんでやすね、お姫様」

 ジーニックがひそひそイティキラに呟けば、

「まあ、地方にしか残ってない、幻の珍味にときめく気持ちはわかる……」

 うっそりと、イティキラはあきらめ顔。

「まあ、お姫様の食欲の前に魔物が蹴散らされた訳だし、結果オーライ……?」

 マイリーヤが首をかしげる間に、イオネルト侯爵が、会食の間にどうぞ、と一同を促したのだった。


 ◇ ◆ ◇

「こっ……これは、まさしく、あの……!!」

 会食の間に案内され。長い石造りのテーブルに着席した一行の前に、運ばれてきた料理。
 それを目にして、固まるイティキラ。
 ほか二名も似たようなもので、まじまじとその深皿を見詰めるしかない。
 その独特の香り、外観は、マイリーヤ、イティキラ、ジーニックの三名にとって、まさかの郷愁を呼び起こすものであった。

「こっ、これは!? まさか、いわゆる一つの、カレー!?」

 ジーニックが思わず声を跳ね上げる。
 それは深い茶色の外観といい、スパイスの香り高さといい、まさしく、以前彼らが生きていた世界では、「カレー」と称される料理にそっくりである。
 スープカレーと、本格的なカレーの中間くらいのとろみ。
 煮込まれてとろみになった刻み野菜の風味がうかがえる。
 肉と蕪がたっぷりのルーの中で輝き、芳醇な香りが美味さを主張する。
 添えられているのは、ナンに相当するのであろう焼き目のついた薄手のパン。

「あら、同じような料理がどこかに伝わっておりましたか? このスンディーラの郷土料理、スパイス煮込みは、地元特産のスパイスをふんだんに使っております。恐らく、美味という点で、そちらに負けていないと思いますよ」

 私も大好物なのです、ささ、どうぞ、と促され、ワーディアミリッタが早速広めのスプーンで蕪と肉、ルーを掬って喉に掻きこむ。

 一瞬。

「うっ、うんま~~~~~い!!!」

 ほとんど悲鳴のように、ワーディアミリッタが声を上げる。

「スパイシーだけど、色んな旨味が混じり合っていてむっちゃ美味しい!!! 香ばしい蕪も、とろとろお肉も、最高!!!」

 どれどれとばかり、ナンでルーを掬って口に運ぶワーディアミリッタ。
 残り三名、思いがけない感動の再会に、しばし料理を凝視していたが。
 意を決して、口に運び始める。

「これ、家庭料理じゃなくて、インド料理屋さんの味だ……!!」

 マイリーヤが断言する。

「ややタイカレーっぽさもあるでやすね。このほくほくした蕪と相まって、凄い美味しさでやす!!」

 ジーニックが珍しくがっつく。

「この蕪のカレー、大正義だけどさ、他の地方に持ってくなら、ご当地カレーとか、容易にできそう。シーフードとか」

 イティキラが昔取った杵柄とばかりにひたすらカレーならぬスパイス煮込みを掻きこむ。

「そういえば、集落によって、このスパイス煮込みの具には色々バリエーションがございます。湖の近くの集落では、魚のスパイス煮込みもございますよ」

 イオネルトが、さらりと付け加える。

 ジーニックの目が光る。
 それは、商機を見つけた、商人の目であった。


6 ディナータイムの「fumyu」では

「そろそろ、ワーディアミリッタ姫様と、マイリーヤたちが帰って来られますかしらね?」

 ディナータイムにさしかかろうという、「fumyu」の店内。
 奥まったテーブルに収まってそんなことを呟くのは、この国の王妃、霊宝族出身のレルシェントである。
 隣には、彼女の夫で、現国王である純白の龍震族、オディラギアス。
 テーブルを挟んで、オディラギアス第一の側近であり、旅の仲間であり、マイリーヤの夫でもあるゼーベルが着座して、さりげなく周囲を見回している。

 外には街灯が瞬き、店内の照明は、温かい色合いの魔法灯。
 素朴で感じのいい内装の店内には、様々な料理の入り交じったいい匂いが漂う。
 隠れた名店の呼び名に相応しい、地元民で混んでいる店。

「まあ、向こうからの連絡内容を見る限り、モンスター禍の処理も、それに続く食材の確保も上手く行ったようだしな。そんなに心配することはあるまい」

 オディラギアスは通信端末の搭載された腕輪を持ち上げ、スンディーラ組からの通信内容を確認する。
 添付された画像は、明らかに、オディラギアスたちが前に属していた世界では「カレー」と呼称していた、あのインド亜大陸由来の料理である。
 ここでは、自分の長年の配下に任せていた地方にそっくりの料理が存在したなどと、オディラギアスにとっても寝耳に水。

「ワーディアミリッタ姫様……ニレッティアのアンネリーゼ女帝の第三皇女、か。ほとんど一人で魔物の群れを一掃した……。大したもんだな、まだ子供だろうに」

 ゼーベルが、妻のマイリーヤから送られてきた、ワーディアミリッタ姫の写真をしげしげ眺めている。

「しかし、今後のことは頭が痛いですわ。ワーディアミリッタ姫様ご本人も納得し、そしてアンネリーゼ様始め、ニレッティア側各位も納得なさる落としどころを見つけないと、本当に外交問題に」

 レルシェントは、白い頬に手を当てて、ふう、とため息。
 これも恐らく、あのTRPG好きな神様連中のシナリオなのだろうが、実際に動くのは自分たちなのだ。
 微妙な過去はあっても、密接な関係にある隣国との深刻なトラブルは、どうあっても避けたいところである。

「とりあえず、我が国で農学を実地で修めた後、より専門的な知識を得るために、メイダルに留学、という二段構えを提案してみてはどうかしら?」

 レルシェントの提案に、オディラギアスがうなずこうとしたその時。

 大音声と共に、店の入り口付近が爆発した。

「!! なんだ!!」

 反射的にゼーベルが魔導武器を取り出し、オディラギアスもレルシェントも身構える。
 素早い反応は、流石世界を救済する大冒険を行ったことのある元冒険者であるが。

「クェェエエエェェェ~~~~~……」

「?? 動物の鳴き声? 鳥かしら?」

 レルシェントが怪訝な顔をする。
 とりあえず三人は、爆発でもしたかのような入り口付近に出向いたのだが。

「これは……?」

「はあ、話に聞くグリフォンってやつですぜ。うちのやつが、そのうち見に行きたいとかなんとか言ってたな」

 そこにいたのは、真っ白な羽毛を持った、鳥とも獣ともつかぬ、不思議なモンスターである。
 鷲のような頭部、前脚、翼。
 そして下半身はライオンに見える。
 この世界にならいてもおかしくないモンスターではあるが、街中に出るのは珍しい。
 しかも、どうした訳だか、額に当たる部分に、なんとも見覚えのあるマーク……いわゆる若葉マークを戴いているのだからフザけている。
 言われてみれば、確かに思っていたよりは小さい。
 どうも、幼体のようだ。

「ぴぎゅ~~~~、きゅ~~~~……」

 流石に厚い壁に突っ込んで目を回しているグリフォンに、つかつかと大柄な姿が歩み寄る。

「モンスターの幼体か。肉付きが良さそうだ。これは使えるな」

 腰のホルダーに肉厚の包丁を下げた料理人らしき人間族。
 彼がどういう意味でそれを言ったのか、その姿でわかる。

「きゅ!? きゅ!? クェエェッ!! キュクエ~~~~~!!!!」

 自分が肉の塊と評価されているのを感じ取ったのだろう。
 グリフォンの子供が悲鳴を上げる。

「待たれよ、シェフ殿」

 すばやく前に出たのは、オディラギアス。

「私が、そのグリフォンを買い上げたい。この店の修理代も私が持つ。この金額でどうだ?」

 オディラギアスが、おおよその想定より一桁多い金額を、端末で送って提示。
 シェフは、駆けつけてきたオーナーと数言やりとりしていたが、あっさり了承した。

「あらまあ、よかったこと。さすがオディラギアスだわ」

 レルシェントが話が付くや否や、素早く初心者グリフォンをかくまう。
 グリフォンは、レルシェントの後ろに隠れてきゅうきゅう泣くばかり。

「まあ、王宮でペットにすればいいだろう。ああ、給仕殿、少し薄味の肉料理を多めに頼む」

 オディラギアスが、グリフォンの分まで料理を頼んで、席に戻ると。

「き、ききゅう~~~~。きゅきゅきゅ!!」

 グリフォンがオディラギアスに頭を擦り付け、感謝を込めて背後からもっふりアタックをしかけたのだった。


7 もふもふもふ

 もふもふ……
 もふもふもふも……

「ききゅー」

「……」

 すっかりいつもの状態に戻ったらしい、「fumyu」店内。
 奥のテーブルに座ってゆったり食事を続けるオディラギアスの背中からもっふりくっついている、初心者グリフォン。
 もふもふの胸の羽毛に、オディラギアスがもっふり埋まっており、実にシュールな光景である。
 この国の国王オディラギアス、もう諦め切った表情で、煮込み料理を口に運んでいる。

「まあ、オディラギアス。懐かれたわねえ」

 彼の隣の席の、王妃レルシェントが、くすくすしながら初心者グリフォンを撫でてやる。
 グリフォンは、ついっと首を伸ばして、彼女の皿の上のカツレツを持っていくが、レルシェントは可愛い、と目を細めるばかりで怒る様子もない。

「まー、わかるけどな。俺も、そのもふもふみたいに、オディラギアス様に、買い上げられて助けられたからな。もう、あのカネで危害を加えてくる奴の頬を張って、文句言えなくして助けて下さるの、どんだけ有難かったか」

 彼らの向かいの席に座ったゼーベルは、ドリアを口に運びながら、のんびりと闖入モンスターを眺めている。

「でも、こいつ、どっからこんな街中に飛んできたんだ? どっかで飼われてたやつだとしたら、飼い主探さねえと」

 ゼーベルのもっともな提案に、オディラギアスとレルシェントは顔を見合せる。

「そういえば、この子、こんなマークをくっつけているところといい、完全な野生モンスターにしては不自然よね。どういう子なのかしら……子供みたいだけど」

「グリフォンよ。そなたは、一体どこからこのスフェイバにやってきたのだ? 飼い主は……と人間の言葉で話してもわからんな……」

 オディラギアスが首をかしげたその時。

『ぐりふぉん、まえまで、おもしろいおねえちゃんがいるところであそんでたよ。えほんでみたぐりふぉんになりたいっておねえちゃんにおねがいしたら、かなえてくれたの』

 明らかな幼児の口調で、グリフォンが返答したのだ。
 一瞬ぎょっとしたオディラギアスに先んじて、レルシェントが素早く受け答える。

「まあ、そうだったの? ねえ、もしかして、そのおもしろいお姉ちゃんって、髪の毛を二つ結びにした、よく喋る人じゃなかった? それで、まわりに、きらきらした感じのひとたちが六人いなかった?」

 グリフォンが首を傾げる番である。

『おねえさん、なんでしってるの?』

 ゼーベルが思わず手を打つ。

「ああ~~~、あいつらか!! 遊びで神様やってるピリエミニエと愉快な仲間たち!!」

「……ということは、我らと同じ世界から拾い上げられた魂か。多分、本当に人間の子供だったのだろうな……」

 オディラギアスは、自分たちの身に起こったことを思い出し、おおまかに推測する。

『よくわかんないけど、もうようちえんいかなくていいっていわれたから、あそぶことにしたの』

 またぞろオディラギアスの後ろ頭に喉から胸のもっふり羽毛を押し付けながら、グリフォンがクゥクゥと鳴く。

「……まあ、そういうことなら、かの神からわが元へ遣わされたということであろう。堂々と飼えるな」

 オディラギアスが手を伸ばし、グリフォンの頭をぽんぽん。
 グリフォンは余計に喜ぶ。

 と、その時。

「ただいまー!! 取ってきたわよ、蕪!! そして、スパイス煮込みのサンプル!!!」

 仮修繕された入口をすりぬけて、オパール色のドレスの少女が飛び込んでくる。
 そのすぐ後に、何やら大きな木箱を抱えたイティキラ、そして大きな鍋を、前の世界なら、さながら芋煮の大鍋のように抱えているのはジーニック。
 更にその後、いい匂いが漂う箱を重たそうに抱えているのはマイリーヤ。

「あら、みんな!! おかえりなさい!!」

 レルシェントが立ち上がり、仲間と彼らを引き連れているワーディアミリッタに近付く。

「そして……お名前は控えた方がよろしいですわね? ミリー様、我が国へようこそ。モンスター禍を取り除いて下さったこと、心よりお礼申し上げますわ」

 ワーディアミリッタは、ふとレルシェントを振り返り、ああ、と得心した表情を見せる。

「あら、王妃様!? 彼らから連絡は行ってるのね? うふふ、ありがとう。それより国王陛下とお付きの方も一緒なんでしょ? スパイス煮込みの味見してみてよー!!」

 にこにことそう投げかけられ、レルシェントは、仲間たち、イティキラ、ジーニック、マイリーヤを振り向く。

「やー、レルシェ。ま、ミッションコンプリートではあるわ。蕪、蕪!!」

 イティキラは、カウンターの中の店主に向き直る。

「マスター!! 蕪、持ってきたよ!! あと、流通は、マイラーサヴィール商会にお任せだあ!! 発注端末で発注できるよ!!」

 イティキラが、どん!! とカウンターに置いた木箱の中を、レルシェントは覗き込む。
 背後に、オディラギアスとゼーベルも近付いてくる気配。

 そこに山盛り詰め込まれているのは、確かに大型の蕪サイズではあるが、見た感じの質感は、元の世界で言うならカレーのお供、ズッキーニに似た、つるりと大きなまるっこい野菜である。

「いやー、どもども、レルシェちゃん!! 向こうの王宮の方がサンプル作ってくれやしてね!! まあ、例のアレでやす!! マスターもご確認を!!」

 ジーニックがカウンターに降ろした大鍋の蓋を取る。
 漂う、いわゆる現代日本人なら、よく知っている香り。
 濃い茶色の汁の中に、様々な具材が浮かんでいる、その外見は。

「やほー!! スパイスと、ナン的なのももらってきちゃった!! とりあえず、マスターさんたち、味見してよ。あと、レシピ……」

 端末をいじりだしたマイリーヤの背後をすり抜けるようにして。

「くーーー」

 もふ。

 ワーディアミリッタの背中に、もふグリフォンがくっついた。


8 姫ともふもふ

「かっわ……いい~~~~!! もきゅ~~~~~!!!」

『もきゅもきゅ』

 辛さ控えめのカレーもといスパイス煮込みを、ワーディアミリッタは、スプーンですくって、グリフォンのくちばしの中へと運ぶ。
 とろとろの薫り高いルーと、中身の肉、蕪、味わいを最大にする切り方のその他の野菜を一気に流し込まれ、グリフォンはくぅくぅ鳴いて喜ぶ。

「おいしい? ルーシャン?」

『おいちい。るーちゃん、かれー、だいすきだよ!!』

 いつの間にか、ワーディアミリッタ姫がグリフォンにルーシャンという個人名を与えている。
 当のグリフォンも、何故か当たり前のようにその名前を名乗るようになっている。
 なんだこの状況。

 しかし、周囲を見渡せば、みな新メニュー「カレー」に夢中で、この騒ぎを気にしている者はいない。
 元はと言えば食堂の娘だったマイリーヤが、レシピと作り方のコツを厨房で伝授しているところだ。
 オディラギアスは、その大鍋数杯分のスフェイバ初カレーを買い上げ、店にいる全員に「味見」と称しておごることにする。
 この世界の元々の住人たちの味覚にどれだけ合うか確認し、この「fumyu」の建国一周年祝祭メニューに相応しいかどうか、最終的に確認せねばならないからだ。

「あら~~~、前の世界で友達と出かけてフルトッピングに挑戦したあの、カレー屋さんの香りが……」

 レルシェの前にも、深盛りチーズカレーが。

「皆も、大変気に入っているようだな。凄い勢いで平らげている」

 オディラギアスは、さりげなく周囲のテーブルを見回す。
 多くがオディラギアスのおごりのカレーを凄い勢いで貪っている。
 種類は様々であるが、見渡す限り、全員が残すことなく、大皿一杯くらいはスパイス煮込みならぬカレーを平らげている。
 早い者なら二杯目に行っているし、同じテーブルの者と、大真面目に「この新しい料理について」議論を戦わせているグルメ戦士もいる。
 ジーニックは店主と取引の関係で商談室にこもっている。
 ディナータイムが過ぎそうなほどの時間になりつつあるが、客の数は減りそうにない。

「まあ、このミッションてやつはクリアなんでしょうぜ。あのアホ神どもに経験値って入ってるのかと思うとちょいむかつきますが、まあ、これはこれでよしとするしかありませんや。それより……」

 ゼーベルは、ちらと視線をオパール色の少女に。

「ねえねえ、ミリー。本当に冒険者になって自活するの? 無理して冒険者にならなくても、スフェイバにいれば、色々食べられるよ? こっちの農業大学にとりあえず留学ってことにすれば、おうちの人も安心するんじゃない?」

 目の前でグリフォンと戯れながら、時々カレーを口に運ぶワーディアミリッタに、イティキラが話しかけたのだが。

「ほへ? 私、そんなこと言った? いや、もう、普通に留学でいいよ。一通りルゼロスグルメしたら、母上の言う通りにメイダル留学して魔法王国グルメでもいいし。あ」

 いきなり、ワーディアミリッタは、ルーシャンの首を抱き寄せる。

「もちろん、ルーシャンがいればの話ね!! この子と一緒に美味しいもの食べられるなら、まあ、どこでもいいわ。あっ、どこでもいいってことはないわね!! まず、ルゼロスグルメよね!!」

『きゅきゅきゅー!! ぼくも!!』

 にこにこしながら断言するワーディアミリッタに、外交問題を真面目に心配していたオディラギアス、レルシェント、イティキラ、そしてゼーベルは一気に脱力。
 ああ、早くも新しい時代に適応した若者が現れたのだ……いつかあれやこれやが過去のことになって、この平和が当たり前の権利と認識する世代が多勢を占める日が来るのだ……歴史に関わるとは、こういうことだ……。
 オディラギアスの想いは、静かに仲間たちが共有し。

 お騒がせお姫様と、蕪ともふもふの夜は更けていく。


9 fumyu、飛び立つ

 お知らせを申し上げます。
 当レストラン「fumyu」は、二号店であるメイダルはヌーリアリーン支店、及び三号店であるニレッティアはルフィーニル支店を順次出店いたします。
 ぜひ各支店もご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。

   店主



姫ともふもふとかぶクエスト ~『世界は骰子と遊戯盤』番外編~ 【完】

by 大久保珠恵

はじめまして、もしくはこんにちは。
大久保珠恵(おおくぼたまえ)と申します。
数十年ぶりに書いて、割と気に入ってる「世界は骰子と遊戯盤」のスピンオフでこちらの企画に参加させていただきました。
元の作品はこちらでお読みになれます。

「常世文」
https://tokoyobumi2291.jimdofree.com/%E9%95%B7%E7%B7%A8-%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%AA%B0%E5%AD%90/

お転婆お姫様ともふもふがどんな関係にあるのか、かぶクエストとは一体何事か。
お題をご覧になれば、なんとなく予想いただける……かも?

とにかく久々の六人組のてんやわんや、ご存知の方もそうでない方も是非お楽しみください。

最後に、「ふみふみ」を企画してくださった飛鳥さんに心よりの感謝を捧げますm(_ _"m)

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